昆虫採集の話のつづき
昆虫採集の話を続けます. 昆虫を殺すこと,死骸を針に刺すこと,それを並べて展示観賞すること.コレクションとして大切に保管すること,こうした行為のどれもが,昆虫採集の悪評に結びついているらしい.これが昆虫でなくて他の生物だったらどうだ? たとえば人間の女性を標本にして並べて観賞するコレクターだったら? などと,これでは虫屋はまるで変質者ですね. 手元に Ugly Bugs という子供向けの本がある*.それには lepidopterist(蝶愛好家)について,以下のように書かれている. *Arnold, N. "Ugly Bugs" . Scholastic Inc. 127pp. (1997). - 昨今の蝶愛好家は,周囲に残っている自然の中で蝶の観察や写真撮影を楽しむ心優しい人々である.かつては必ずしもそうではなかった.1.18世紀のファッショナブルな貴婦人たちは輝く色彩の蝶や蛾の翅を,宝石のように身にまとっていた.2.(これは原文をそのまま書きます) Traditional betterfly hunters raced after butterflies with big nets shouting "There she goes!" When they caught an unfortunate flutterer they plunged it into a bottle of poison and pinned it to a board - horrible! (伝統的な蝶採集家は大きな網を持って「そっちに言ったぞ」と叫びながら競って蝶を追いかけた.彼らは不運な虫を捕まえると毒の入ったびんに投げ入れて,針で刺して板に留(と)めた - こわ~い!) まだ3,4,・・・と続くけれど,長くなるので省略. まあ,子供に horrible! とか ugly! とか叫ばせることで,つまり日本語なら「ぎょえー」とか言わせることで,逆に子供をサイエンスにひきつけようという意図の本らしいので,その点は理解してあげないといけない.しかし蝶を毒びんで殺して板に留めるなどと書いているのを見ると,この著者は昆虫採集についてあまり知らないのかもしれない. 蛇足ながら説明すると,蝶を殺すのに毒は使いません.ふつうは胸部を指で強く圧迫して殺す.それに,大切な標本なら,メモをコルクボードにピンで留めるような扱いをしないで,きっちり箱に納める. 英国のとある片田舎を旅行したとき,今は資料館となっている昔の貴族の館に,蝶の標本が展示してあった.解説文によると,ここに住んでいた貴族の1人が蝶の愛好家だった.蝶を捕まえて集めるという「今では許容されないこと」を,この貴族は愛好していたのだと書いてあった. 上記の子供向け本は英米両国で売られているらしい.米国ではどうなっているか知らないけれど,英国では昆虫採集が一般人の間でどう扱われているかは,だいたい想像できるだろう.英国を旅する時は,捕虫網は持参しない方が身のためかもしれない. 話の収拾がつかなくなったので,ここで1つ問題を出します.問. 昆虫を標本にするとき,針に刺すのはどうしてでしょうか? それはデスね...と即座に答えられるかどうか.これは,その人が昆虫採集を理解しているかどうかの,ひとつの試金石だと私は思っています.