前提の根拠
面白い記事を見つけた. 「非国民通信」さんが「まず現状認識に疑問がある」と題して12月25日に書かれている.この記事は3つの話題をとりあげている.1.文科省の新指導要領案.英語の授業は英語で行うように定めるという話.非国民さんは次のように指摘している.(以下引用) なんとなく,「英語は英語で教えた方が良い」「ネイティヴが教えた方が良い」「会話を重視した方がよい」と信じられているわけです.ただ,その根拠となると・・・(引用おわり)2.次はサッカーの話題.個人技と組織プレーとの対比.スペインのニュースが,ワールドカップ日本代表は「技術のある選手はいるが組織がない」と評価したという話から:(以下引用)組織力に問題を抱えているにもかかわらず,「日本には組織力はあるが個人技が足りない(中略)」と,間違った認識に基づいて対策を練るとしたらどうなるでしょうか?(引用おわり)3.TOEFL の得点が,日本人はリスニングの点以上に,リーディングの点が低かったというニュース.これについて:(以下引用)一般に信じられている現状認識はどうでしょうか? 文法能力が問題なのではない,会話能力が不足しているのだと,そう固く信じられています.その認識が間違っている可能性は,どれだけ考えられているのでしょうか?(引用おわり) 個々の話題についてツッコミを入れるのも面白いと思うが,今は触れない.大切なのは,一般に正しいと考えられていることが,実は間違っている可能性もあるという指摘である.根拠のない,架空の前提のうえに議論をしても,有効な解決策は見えて来ないだろう. さて. ここで心機一転ファイト一発我田引水という必殺の常套手段をくり出すことにする.話が続かないから話題を変えようとしている訳では決してありません.断じてありません. で,とにかくデスね,架空の前提ということですぐ思い付いたのが「学力」という概念.学力って一体何なんでしょうね.何だか怪しい概念だぞ,と常日頃から私は思っている. ところが,ある日NHKニュースを聴いていてアセってしまいました.国際学力調査で日本の小中学生の理科と算数の成績が少しだけアップしたとのこと. そうか.国際「学力」調査というのがあるんだ! と,まず感動. 次に思ったのは,「学力」って英語で何と言うんだろう? という疑問.いや,学力「調査」と言ったか,学力「試験」と言ったのか,正確には憶えていません.しかし確かに「学力」と言ったぞ. というわけで12月10日の朝日新聞.その第1面の記事に,「世界学力調査」という字が出ている.(以下引用)国際教育到達度評価学会が07年に実施した算数・数学と理科の学力調査結果が10日付けで発表された.(中略)調査の名称は国際数学・理科教育動向調査(TIMSS).問題は基礎学力をみるものが中心で・・・(引用おわり) ほらね.「学力」という言葉を使っているのは日本のマスコミだけでしょう? 「到達度評価学会」が「教育動向調査」をした,というのが事実.その事実を根拠として「学力」が上がった下がったと言っているのが日本のマスコミと文科省. 「到達度」や「教育動向」を日本語では「学力」と言うのだ,という意見には,ちょっと賛成できません.「到達度」は現時点までの結果を意味する語である.「動向」とは変化の方向を見定めるということ.これらに対し「学力」には,ある種の可能性,能力といったニュアンスがある.誤解を招きやすい語である. 思うに日本人が日頃から慣れ親しんでいる思考として,得点によって人を1本の数直線上に並べ,それが高いとか低いとかいうことで,その人の「能力」や将来の「可能性」まで評価する.そういう思考様式と親和性の高いのが「学力」という概念である.それは,いま自分たちはどこまで来ているかを知ろうとする「到達度」というような概念とは似て非なるもの,というのが私の意見です. で,日本では,その「学力」を調査する試験が全国いっせいに実施されていて,その結果を公表するとかしないとか,皆が躍起になっている.「到達度の評価」という無味乾燥・価値非依存的な数値を「学力」と呼ぶことの弊害がこういう所にも表われている.「学力」という語に踊らされて,日本全体が狂ってしまっているように見える. そもそも「学力」という言葉を発明したのは誰なんだろう.私の想像だけど,それは文部省かもしれない.だとすると「学力」という言葉を使って議論すること自体,すでに文部省(今は文科省ですか)の術中にはまっていることになるのでなかろうか.一度,学力という言葉を使うのをやめて,より適切な概念を教育現場に持ち込む必要がありはしないか. 「学力」に対し,「体力」という言葉もある.そもそも「体力」って一体何でしょうね,と考えてみると,その曖昧さがわかる.「体力測定」では何を測定するだろうか? 筋力,持久力,敏捷さ,それとも病気に対する抵抗力? それを皆ひとまとめに1本の数直線上に並べて,A君はB君より体力があるとかないとか,そう宣言することに何の意味があるのだろう. 「体力」はまだ判り易いのだけど,「学力」となると私はお手上げです.いったいどういう概念なのか,よほど根拠を突き詰めて考えてみる必要がある.そしてもちろん,根拠薄弱な前提のうえに色々と議論をしても,意味のある結論など出てくるわけもない. 話が最初の話題とやっとつながったので,今日はこれでおしまい.