退行するオス
すぐ書こうと思って忘れていたことを書きます. NHK「女と男」の第3回目を見た.番組によると,男は消滅しつつあるらしい.理由はまず,Y染色体が退化しつつあること.そして,不活発な精子を持つ男性が増えていること. そして番組の言うところでは,オスを必要としない生物はたくさんあるが,ほ乳類ではオスは必要である.なぜなら精子は,胎盤を作るのに必要な遺伝子を持っているから.だからほ乳類である人間にとって,オスの退行は種族滅亡への道を意味している. ところが,Y染色体を完全に失ってしまって,なお生存できているほ乳類がいる.それがトゲネズミである.こいつはY染色体がないのにオスはちゃんと存在し,普通に有性生殖をして種族を維持している.ただし,こういう状態に達するためには,厳しい淘汰が必要であろう.だから人間はトゲネズミになれない. ところで,生殖医療の発達は,不活発な精子をもつ男性の増加を後押ししている.一方で,生殖医療によって,不活発な精子であっても受精を成功させることができる.というわけで,オスの退行にもかかわらず,生殖医療の発達によって人類は絶滅を免れる.生殖医療バンザイ,とは言わなかったけれど,どうやら結論はそのあたりに落ち着きそうな雰囲気だった. 以上,私の誤解や独断も多分にあると思うけれど,いちおう番組の概要です. 私は不勉強なので,個々の事実が正しいかどうかは知りません.しかし,この番組はどうも頂けない.反響の大きい番組だと思うので,いくつかの指摘をしておこう.私の誤解であればごめんなさい. まず,Yの退行と男性の退行とは何の関係もありません.イメージ的にはともかく,論理的にはつながらない.むしろ逆である.Y染色体は組み換えを起こさないから退化している.常染色体上にあれば遺伝子は,組み替えによって進化する.Y染色体上の遺伝子は,その進化の早さについて行けない.だからY染色体は次第に使われなくなる. ところで,性(sex)とは相同組み換えのことです.つまりYが退行していること自体が,性(つまり男女両方の存在)が十分に機能していることを意味している. 胎盤を作るのに必要な遺伝子は精子が持っているという点.これは,その遺伝子がY染色体上にあるという意味ではありません.Y染色体上にあるのなら,受精卵が女児のときは胎盤ができないことになる.だからY染色体ではなく,常染色体上にある遺伝子のお話です.ということは精子も卵もどちらもその遺伝子を持っていることになる.ただし胎盤を作るとき働いているのは精子側の遺伝子であり,卵側の遺伝子は沈黙させられている. どんな仕組みでそうなっているのかは知りません.しかし卵の遺伝子を沈黙させているものは精子ではなかろうか.だとすると精子なしで卵が発育(発生)を始めることが仮に起ったとしたら,卵のほうの遺伝子が働いて胎盤ができることは大いにあり得る. とにかく,ほ乳動物だけがオスを必要としているわけではありません.オスの存在理由は胎盤の遺伝子の話ではなく,もっと別のところにあります. この番組が述べた傾聴すべき指摘は,不活発な精子をもつ男性が増えている1つの理由は生殖医療の普及にあるという点.人類は増え過ぎていると私は思うので,不妊の男性が増えるのは悪いことと思えないのだけれど,それが問題だというのなら,なすべき最良のことは,生殖医療をやめることでしょう.生殖医療に期待を寄せたり,その発展を促したりという方向は,問題をますます大きくするのでなかろうか. まだまだツッコミ所があると思う.とにかく,あまりに問題を感じたので,番組の最後に次々と表示される関係者,協力者,製作者らの名前に注目していた. で,私が見逃してしまったのかもしれないが,番組の「監修者」が見当たらなかった.ひょっとして,プロの科学者による監修を受けてない番組だったのだろうか.だとしたら,こういう番組としてあってはならない非常識だと私は思う. 以上,いちいちチェックするつもりで番組を見たわけでないので,私の誤解や記憶ちがいもあると思う.お気付きの方はコメントお願いします.