プロメテウスの罠
朝日新聞に連載中の記事「プロメテウスの罠」は,勝手に番号付けをしますが,第1部「防護服の男」,第2部「研究者の辞表」,第3部「観測中止令」,第4部「無主物の責任」と続く.この第4部はまだ連載が始まったばかりである.「プロメテウスの罠」は力のこもった連載記事であり,もっと話題になっても良いように思う. けれども記事を転載紹介したブログが削除されるなどのトラブルも出ているらしい.朝日新聞社としては仮に記事を転載されたとしても,新聞の宣伝になるから良いのでは,と考えるのは,私が素人だからでしょうか. とにかく,そういう事情なので,本ブログでは記事を転載するのでなく,記事の内容を紹介する.ただし話題を第3部「観測中止令」に限る. 「観測中止令」は,全体をいくつかのパートに分けてみると理解し易いように思う.1.研究者が放射能の観測をやめさせられたこと.2.科学雑誌「ネイチャー」への論文発表のさし止め.3.取材・講演などへの干渉.4.議員登場.5.犯人は誰? まず1から説明しよう(「観測中止令」(1)~ (5) ). 気象研(気象庁気象研究所)は1954年,環境放射能の観測を始めた.そして1957年以後は一度も途切れることなく観測データをとっている.今年,その観測を中止せよとの指令が下された. 指令を受けたのは研究者の青山道夫,指令を出したのは気象研の調査官である井上卓. 観測データを毎年とり続けて行くことの重さは,科学を多少ともかじった者ならわかるだろう.何かの都合でデータをとり忘れたなどということがあると,データ全体の重要度は著しく落ちる.こういう作業では嵐が来ても槍が降っても,愚直にデータをとり続けることが必要である.今年のデータは今年しかとれない.過去にさかのぼってデータをとることはできない.それを中止しろと言う.科学の「か」の字も知らない馬鹿からの指令である. その馬鹿は誰か? 井上の言うには,この放射能データをとるため今までおりていたカネ「放射能調査研究費」4,100万円が,2011年度は使えないのだという.その連絡を井上が受けたのは3月31日,つまり年度の変り目だった.翌日,つまり4月1日以降,このデータ採取に使えるカネは一銭もないことになる. カネを出さない,と言ったのは誰か? 予算を配分していたのは文部科学省の原子力安全課,防災環境対策室で,その調整第一係長の山口茜が担当していたらしい.ところが山口の言うには,予算はいらないと言ったのは気象庁である.そんな事を誰が言った? 言ったのは気象庁の企画課だった.同課の調査官である平野礼朗だ.その時のやり取りも「プロメテウスの罠」に書かれているが,ここでは省略します.とにかく平野は3月31日夕方というギリギリの時間に受けた山口(文科省)からの問い合わせを「観測中止命令」だと受け止め,そしてこう言った.「放射能調査研究費は必要ありません」. 問題点は2つある.平野も山口も役人としては大過なく仕事を全うしているのかもしれない.問題はこの重大な決定に,科学者が関与しなかったという事実だ.ことの重大さを,この2人は理解していない. と好意的に解釈もできる.しかし,そのさらに背後に,私はもう1つの問題点を見る.それは,この組織機構全体の中に,青山らの研究活動をやめさせようとする大きな力が働いていたように思うからだ.その一端が,科学雑誌「ネイチャー」への論文投稿をめぐって明らかとなる. (つづく)