ルールよりも試行錯誤を
前回は,横書き日本語ではコンマもピリオドもじつはけっこう使われているし,コンマはお役所でも公認ないし推奨されているという話をした.しかし本なり雑誌なりの編集者が特定のフォーマットを求めていない限り,表記法は基本的に個人が自由に決められるはずだ.横書き日本語の歴史は浅い.日本語の今の段階では,1つの表記法に統一するよりも,皆それぞれに,どういう記号が使い易いかを試行錯誤してみるのが良いと思う. 日本語を横書きにするメリットの1つは,欧文表記をそのまま掲載できることだ.人名,欧文の引用,動植物の学名(ラテン語名),本のタイトル,その他いろいろな欧文を,文章の中に自然に挿入できる.これが横書きの1つのメリットだ.このメリットを活用するには,句読点はコンマとピリオドにするのが便利である. コンマはテン,ピリオドはマル,と考えがちだけれど,完全にイコールではない.コンマやピリオドには句読点としての用法のほかに,特殊な約束に基づく用法がある.たとえば動植物の学名にすぐ続けて命名者名と命名年を書くことがある.この時命名者名と命名年との間はコンマで区切るというのが国際的なルールだ.このコンマをテンで置き換えることはできない. ピリオドにも特殊な用法がある.単語(特に人名)の省略形を用いるとき,「省略しました」という印にピリオドを使う.John F. Kennedy のようなピリオドの使い方をする.このピリオドをマルで置き換えることはできない. つまり句読点としてマルやテンを採用しても,上記のような場合にはピリオドやコンマを使わざるをえない.マル,テン,ピリオド,コンマの4通りの活字が混在することになる.また上記の例以外にも,「この場合はマルにすべきか,ピリオドにすべきか?」と悩むことも多い.こういう悩みは,横書き日本語の雑誌を編集した経験のある人なら理解できるはずだ. 繰り返すけれど,マルやテンはすべてピリオドやコンマで置き換えることができる.しかしピリオドやコンマをすべてマルやテンで置き換えることはできない.いっそのこと,すべてピリオドとコンマを使うことに決めておけば,以上のような煩雑さはなくなる. それは特殊な事例である.日常の日本語表記ではマルとテンを使えば良いではないか,という意見もあるだろう.しかし国際化の時代,せっかく国際化に向けて開かれている句読点の表記法を,わざわざ内向き専用に据え置く必要があるのだろうか? しかもその理由が,「そういうルールだから」というのでは,要するに日本語の表記法について,この人は何も考えてないというしかない.