【昔日】 1990年夏 脇本にて交換
昨日は無事、DF200の甲種輸送列車をゲット。寒風吹きすさぶ中、雄物川鉄橋北寄り堤防上でのギャラリーは私一人でした。その後、羽越本線のポイントとしてはそこそこ有名な「浜田踏切」(国道7号旧旧道)に行ったら、空き地に新しい轍(駐車の痕跡)が一台分ありました。どなたかここで撮影されたのかな? さて、今日も昔日の画像です。時はやはり今から17年半前の1990年(平成2年)夏。1990年夏 脇本 posted by (C)Traveler Kazu1990-9-9 男鹿線 脇本 脇本駅は二田駅と並び、男鹿線内に2駅ある交換可能駅でして、国鉄末期からこの状態は変わっておりません。他に、出戸浜、船越、羽立に交換設備の痕跡があります。上二田と天王はもともと棒線駅です。 この頃の男鹿線は、確かまだ通票閉塞でタブレットを使用していたはず。また、貨物輸送も健在で、2往復程度のタンカートレインが走っていました。 そのうちの1往復は、この脇本駅から男鹿駅の先にあった船川港駅まで、国内でも稀有な「原油輸送」を行っておりました。脇本駅は、付近の油田からパイプラインで送られてきた原油の発送駅だったわけで、昼間は石油会社所有のデカタンク車が屯していました。 船川港では、今でもジャパンエナジー(JOMO)のプラントが稼動しています。 駅名票から判断するに、この写真は秋田行き上り列車から撮影。原油積出設備は上り側の側線にあったので、残念ながら写っていませんが、手押し井戸ポンブのお化けのような接続口が、構内にニョキニョキと生えておりました。 もう1往復は、小坂鉄道小坂からの硫酸タンク車。 原油輸送は廃止(パイプライン化)、硫酸輸送は秋田臨海鉄道秋田北港に着駅が変更され、男鹿線の貨物は2000年頃に廃止されました。カトー 8037-1 JR貨物タキ1000形タンク車 日本オイルターミナル色(再生産品)【税込】 8037-1タキ1000ニホンオイルタ- [80371タキ1000ニホンオイルタ]男鹿線のとは違うタンク車ですが…明日、明後日は雫石エリアへ行ってまいります。更新できるか分かりません。