新興住宅街の廃線跡に桜
秋田市中心部からほど近い泉地区。30年ほど前はまだ田んぼが目立っていましたが、今やすっかり住宅街。私が高校生の頃の20年ほど前にはまだ田んぼが残っていて、カエルがゲロゲロ鳴く小道を自転車漕いで通った記憶がありますが、現在その場所にはマンションが立ち並んでいます。比較的開発の早かったエリアでは住宅の建て替えも見られるようになり、市街地として成熟している泉地区ですが、その中で立ち並ぶ住宅も比較的新しくて、未だ空き区画もある団地があります。泉ハイタウンと呼ばれる区域です。泉ハイタウンの桜 posted by (C)Traveler Kazu 幹線市道沿いにあるものの、進入経路を最小限に留め、通過車両があまり入り込まないようなレイアウトの団地にはいくつかの街区公園と緑地が設けられ、桜の木が植えられています。1997年頃から開発が実施されましたが、初期の木はすっかり大きくなっています。この団地は、完全な平地にある住宅団地としては、かなりいびつな形状となっています。泉ハイタウンの桜 _01 posted by (C)Traveler Kazu 団地中央を貫き、しかも、団地内に掘割を持つ地下道。掘割の上には、一見して意味不明の橋がかかっています。周囲はフェンスが張られて立入禁止となっています。泉ハイタウン posted by (C)Traveler Kazu 実は、この団地は旧国鉄用地でして、民営化後の1993年まで「秋田貨物駅」(←秋田操駅←秋田操車場)のヤードとして、多数の線路が敷かれて、貨車の入換・組成が行われていました(秋田貨物駅自体は設備を縮小して営業中)。団地の中に掘割を通して地下道が通っている不思議の理由は、もともとは広かった操車場の地下に市道を通すために作られたものが、団地造成が終わってもそのままの形状で使用されているためなのです。この地下道は「掘割区間に3本の橋(短小トンネルともいえる)+地下道1本+自転車道の橋」で形成されていて、「3本の橋」の上にも線路が敷かれていました。現在は、「3本の橋」のうちの1本は市道に転用、もう1本は遊歩道に転用され、渡ることができます。もう1本が写真に写っている閉鎖中の橋です。長い地下道の形式を採っている1本の上は、現在もJRが本線ならびに留置線として使用中。ちなみに、昭和の時代から出ては消え、出ては消えて、今また話が出ている「新駅」は、この地下道付近に作られる方向でコンサルが実施されています。いろいろと語りたいですが、今回の秋田市議選の争点のひとつになっているので控えたいと思います。時代と歩んだ国鉄列車 4 特急網の全国拡大と貨物輸送の増強価格:3,240円(税込、送料別) 【送料無料選択可!】鉄道による貨物輸送の変遷-操車場配線回顧 (単行本・ムック) / 太田 幸夫 著価格:2,700円(税込、送料別) 【楽天ブックスならいつでも送料無料】国鉄風景の30年 [ 二村高史 ]価格:1,728円(税込、送料込)