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カテゴリ:翻訳
日本語をきれいにするということ 日本語をきれいにするということは、きれいな日本語を書くということではない。 言ってみれば、身辺の整理をするようなものである。 フランス語がとてもよくできるようになった日本人のなかには、よく使われる慣用句をちりばめたフランス語を書く者がいる。 フランス人に言わせれば、そんなものはフランス語ではない。わずか数百字のなかに、慣用句がひしめきあうようなフランス語はありえないからだ。 もちろん、日本語でも同じことが言える。 学校英語の公式をあてはめないかぎり、それほど頻繁に使われるはずのない言い回しが軒を並べているような文を日本語と呼べるはずがない。 かもしれない べきである にもかかわらず 同様 すべての これらの しばしば すなわち ~を通じて そればかりではない。英語でand、orを使うところ、「また」、「そして」、「および」、「または」、「もしくは」、「あるいは」など、何でもありで使うために、文のつながりがめちゃくちゃになっている。 ここに書いたような言い回しをいっさい使わないで文を書こうとすると、最初はちょっと苦労するが、そのうちに自ずと的確な表現を探すようになる。してみれば、ここに挙げた決まり文句なるものは、自らの日本語を貧しくするものにほかならない。 翻訳を志す者は、まず自分の身辺をきれいにしてから行動を起こすべし。 ←ランキングに登録しています。クリックおねがいします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年05月10日 23時15分50秒
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