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カテゴリ:翻訳
相撲の八百長で世間が騒がしいが、講談社さんも他人の八百長を云々するのなら、自分の八百長のことを少しでも考えた方がいいのではないだろうか。
そもそも、「さらなる」や「より~」、「すべての」、「これらの」を日本語に持ち込むなんて、庶民から自然発生的に出てきたものではない。 学者のはしくれか、マスコミか、はたまたどういう馬の骨かは知らないが、要するに上から勝手に「決めて」、音声としてマスコミで垂れ流し、活字として出版して庶民を洗脳してきたことは否定できない事実である。 講談社はまだしも、このたび文芸社と経営統合した草思社など、くだらない本をさも価値のあるように宣伝して、安い翻訳料で翻訳させて、それを出版して儲けてきた会社である。 そもそも、出版社をはじめ、産業翻訳の世界全体を含めて、やつらが必要とする翻訳を全部まともに翻訳しようとしたら、当然翻訳者が足りなくなる。 そこで、質の低い翻訳者も動員しなければならなくなる。 そこで問題になるのが、そういうやつらに翻訳させたら、theseはあほのひとつ覚えみたいに「これら」、「これらの」と訳す。allはこれまたアホのひとつ覚えみたいに「すべての」と訳す。比較級はまともに訳せない。furtherもアホのひとつ覚えみたいに「さらなる」と訳す。 本来、天地開闢以来、未来永劫にわたって、そんな日本語はありえない。 ありえない日本語を連ねても、不良商品になるだけだ。 このままでは商売にならない。 そこで思いついたのが、そういうものを日本語にしてしまう方法である。新聞やマスコミをまきこんで、そういうものをどんどん垂れ流していけば、日本人全体がそういうおかしな日本語をおかしいと感じなくなる。 そうすれば、多少質の低い翻訳者を使っても、どうにか商品として出版できる。 それも400字数百円、本来なら生活できないような単価で、「出版書に名前が載る」ことをエサに、翻訳志望者の足元をみて低賃金でこき使う。 つまり、出版社は本当にいい日本語とはどういうものかを追求せずに、翻訳書を出版して儲けるにはどんな日本語がよいかという観点からモノを考えている。 そのために、他のマスコミや政府とも結託している。 自民党のテレビコマーシャル「さらなら景気対策」、あれは何だ。ふざけるな。 そんな政府に税金が払えるか。 とにもかくにも、これが八百長でなくていったい何だというのだろうか。 相撲界の八百長など、仮に事実だとしても、ささいなことである。 ←ランキングに登録しています。クリックおねがいします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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