朝早く起床して、「修正会」に行きました。
嵯峨嵐山へ向かう電車の中から外に目をやりますと、小雪が舞っていました。
早く着いたつもりが、すでに開門されていました。
(きっと寒いから配慮あったのでしょうね)
隣り合わせた方とお喋りに花が咲く。
それぞれの思いが重なって、ここに集う人との「ご縁」つながりは深まってゆく。
互いにあえて名乗らず、それでいて顔見知りの「輪」が広がることが嬉しい。
今日のお話は、1時間強ありました。
ちょっとむくれるお顔とかが拝見できて、お隣さんと
「可愛いですね」とこそこそ言ってみたり、
庵主の無邪気な表情や言葉にまたまた元気をいただきました。
「楽しいことをしてたら、運気はあがってゆくのね。
不満ばかり言ってたら、どんどん運も逃げていくのね。」
「終わったことは、もう気にしない!
そして、未来のことも案じてもショウガナイノ」
「まさかの坂をいくつも乗り越えてゆくのが人生なのね」
何度も耳にしたり、読んだりした言葉だけれどここで改めて拝聴すると、
「そうそう!そうでした!」
と つまらないことを引きずっていた私への戒めになって、
やっと スーっと流れていきました。
今日の質疑では、ほとんどの方が庵主との出会いの「感謝」を
述べていたような気がします。
「感謝」の中で日常を送られている人たちが多くて、感動しました。
お一人悩みを語っていた方がいらして、その方の話を聞きながら、
自分に当て嵌めていました。
「あんなにしてあげたのに」という気持ちの
引きずり
を持っている自分の事が許せないでいました。
彼女のお蔭で、客観的にそんな自分を見ることが出来て、やっと昇華できました。
庵主も、周囲の方も 彼女にこれからはどうすべきかを伝えたうえで、
「そんな人のものを盗って自分のものにするひとなんて、
今は上手く行っても後が続かないわよ。」
と的確にアドバイスされていたこと、
今の彼女にはまだピンとこなさそうでしたが、
そんなときこそ 自分の力を信じるべきなんだよー!
ってみんなの心が彼女へ向けられていたような気がしました。
どうか届いていますように
お話が終わって、帰り道。
別の方がお友達に語っていた話を通りすがりに耳にしたことも印象的でした。
相手の失礼な態度に不遜な対応をしてしまった自分の行動を、
お友達に話していて
どう感じる?
と尋ねていました。
お友達は、両方のお友達のようで上手に交わしていたのですが、相談した方曰く
「自分が意地悪をしたかのような気がして、
自責の念にかられてたけれど、私間違っていないよね!」
と 誰かに確認して自分を慰めてあげたかったようです。
「わかる!わかる!」
って 思わず言いそうになりました・・・。
人との関わり方のバランス
上手に保たなくてはいけません。