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カテゴリ:ダメママの遠吠え
8月21日,22日
「宿題とっとと終わらせんかいっ!」 子供達の尻をひたすら叩きまくって終わった。 8月28日 保育園の夕涼み会。 娘には去年と同じ浴衣ドレスを着せて参加。 この浴衣ドレススタイル、去年は娘を含めてホンの数人だったのが、最近大手通販業者がカタログに取り上げ出したり、格安子供服店等でも販売するようになった為か、今年は着用率が結構高かった。 純粋に和服を愛している方から見れば、邪道もいいところなんだろうなぁと思うのだが、ドレスタイプだと足下が靴やストラップサンダル等でも違和感が無く、足裁きも良くて着崩れも少ない。洋服だと雰囲気出ない、でも浴衣はちょっと……という幼い子には、実にもってこいの衣装だと思う。 去年は最年少クラスのため、櫓にあがりたくても機会の無かった娘だが、今年は一学年上のクラスと一緒に昇らせてもらうことが出来て、大はしゃぎ。曲が始まらないうちからぴょこぴょこ飛び跳ねてご機嫌だった。 他のクラスが踊っている間も、櫓を囲む輪に入って踊っていたが、どうやら曲によって好き嫌いがあるらしく、気に入らない曲がかかるとその場にしゃがみこんで砂いじり。見かねた先生が腕を持って操り人形のようにするのをされるがままに、好きな曲に変わるまでやる気ナッシングという態度をとり続ける娘……。 そんなところで、意志の強さを発揮せんでもええがな。 結局、娘は納涼会終了までの4時間、途中で1時間休憩があったとは言え(本当は、この休憩時に帰宅する予定だったのに)クラスで最後の一人となっても居残って最後の曲まで踊り倒したのであった。 さて、では帰ろうか…と娘を連れて門の外に出れば、未だ居るのだと盛大に駄々をこね、先生の手も借りて、大人3人がかりで自転車の座席に無理矢理押し込むことに。 自転車を走らせ始めても娘は仰け反って泣きわめきつづけ、私は右腕で必死に娘の体を支えながら漕ぐ羽目になった。 挙げ句、そのままの体勢で突然の電池切れ……。 重くて腕が痺れるのを堪えながら、やっとの思いで自宅に帰りつけば、そのまま寝てりゃあいいのにパッチリ目覚めた娘、祭りの興奮いっかな冷めやらず、家でも散々わがまま言い放題暴れ放題して、いつもの就寝時間をかなり越えて起きて騒いでいたのだった……。 ちなみに、この納涼会時に次男の担任だった先生がわざわざ園に来てくださり、卒園式の記念写真を配ってくださった。 数ヶ月ぶりの担任との再会に、他の男子が照れてなかなか先生に近寄れないで居るところを、一直線に駆けていって抱きつく次男。 この先生には、いくら感謝しても足りないほど、親子で世話になった。特に妹が生まれて後、私に甘えられない代わりを、かなり引き受けていただいてしまったので。 何度注意しても、なかなか言うことをきかない次男の相手はさぞかし大変だったろうと思う。 先生、本当に本当に、有り難うございました。 8月29日 毎年恒例、小学校の「登校日 兼 親子除草日」である。 子供達を送り出してから私と夫も支度をし、娘を実家に預けて学校へ。 夫が長男のクラス、私が次男のクラスと別れて作業を手伝ったのだが、長男もそうだったが次男は袋をもってうろつくばかりで、全く戦力にならず。むしろ余計な事して先生に叱られていたり……。 私も時折叱りながら作業をしていたのだが、次男を赤ちゃんの頃から知っているパパさんが、私に向かって 「TATSU君て、動いてないと死んじゃうんだよね」 と、ニヤリ。 私は返す言葉もなく、苦笑い。 そのパパの隣で、やはり次男を良く知る別の子のママが、お腹を抱え笑っていた。 8月30日~9月初旬 この日は休暇をいただいていて、夕方次男と娘を子供写真館に連れていく予定だった。 ところが、娘を保育園に迎えに行ったら 「お昼寝から起きたら、どうも水疱瘡っぽいぶつぶつが……」 慌てて写真館の予約をキャンセルし、かかりつけの耳鼻科へ。 診断結果はやはり水疱瘡ということで、翌日が職場の夏休み明けだった私は、思わず頭を抱えてしまった。 例によって例のごとく、実家に頼ることはできず(母自身が病気療養中であった為)。 とりあえず31日は夫が仕事を休み、9月1日、2日は私が看た。3日からは、可哀想だが病後時保育室にお世話になった(娘のクラスで大流行とかで、他にもお仲間が居たのが幸いだったが)。 完治まではきっかり1週間かかり、7日からやっと普通に登園できるようになった。ただ、なんとも運の悪いことに、顔に沢山の水疱が出来てしまい、しかもそれを掻き壊してしまったり…と、写真撮影は全く予定が立てられない状態になっている。 誕生日は6月だったのにねぇ……。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年09月11日 19時46分10秒
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