|
テーマ:お勧めの本(7354)
カテゴリ:ブラームスの本棚
21世紀に生きる私たちの特権は,何千年分の人類の遺産を無条件に享受できることにある。
建築,彫刻,絵画,哲学,科学,文学,そして音楽。 ありとあらゆる芸術。 これら過去の遺産に触れずに人生を終えることは,本当にもったいない。 ここで紹介するゲーテの「ファウスト」は,まさに古典中の古典であり,文学史中の「世界遺産」とも言うべきもの。 世界の根源を究め尽くそうとする超人的欲求を持ち,理想と現実の乖離に嘆く老人ファウストの前に現れた悪魔はかの有名なメフィストーフェレス。 曰く,「いまだ人間が見たこともないような面白いことを見せてあげよう。」 若さ,青春,恋,富,権力,戦争,そして絶対美。 あらゆるものをファウストは欲し,そして悪魔の力により手に入れていく。 しかしそれは絶え間ない別離の連続であった。 そんな悪魔との冒険遍歴の後に,ついにファウストは最後の時を迎える。 最後に彼は見つける,人間の生きるべき真実の姿を。 そしてそれを真に美しいものとみとめた彼は,ついに禁断のその言葉を発する。 「とどまれ,汝は美しい。」 悪魔との契約どおり,メフィストーフェレスに魂を奪われそうになるファウスト。 しかし光とともに天使が現れ,彼は神に救われていく。 あまりにも有名な「ファウスト」であるが,実はこの本,小説ではなく,演劇の台本形式で書かれている。 グランド・オペラのように壮大な詩や歌に溢れ,活字から典雅な音楽が流れ,極彩色の舞台が立ち上がり,読者を独特の世界へ引きずりこんでいく。 人間にとって一番大切なものは何か。 失ってしまってはならないものは何か。 この根源的問題を問う文豪ゲーテの大作は,最後のクライマックス「神秘の合唱」において,すべては「永遠にして女性的なるもの」への憧憬と救いのドラマが達成されるのである。 21世紀に生きる私たちは,かつてファウストがそうしたように,ありとあらゆる人類の美しい遺産を貪欲に享受すべきである。 これぞ21世紀の役得であり,それを前にしてはファウストでさえメヒィストーフェレスとの契約を思い止まったかもしれないのだ。 *本稿は,数年前にある機関紙のために書いた没原稿を焼きなおしたものです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ブラームスの本棚] カテゴリの最新記事
|