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2006年10月07日
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 先日から、

 交響曲第4番 ワルター&コロンビア響
 交響曲第3番 朝比奈隆&大阪フィル
 交響曲第2番 クレンペラー&フィルハーモニア管
 交響曲第1番 トスカニーニ&フィルハーモニア管(L)

 と書いてまいりましたが、

 今日から協奏曲編です。

 今日の曲は、ピアノ協奏曲第1番ニ短調。

 録音は、ポリーニのピアノ、アバド指揮ベルリン・フィルの演奏で聴きます。

 この曲は、ゲーテの時代に言う

 シュトゥウルム・ウント・ドランク、

 つまり、「疾風怒濤」という言葉を思い出させます。

 ときにそれは、文字通り自分自身を押しつぶしてしまう不可抗力の重圧となったりします。

 重圧…それとはちょっと違いますね。

 いうなれば、それは、嵐です。

 避けることのできないもの。

 来るべきときに必ずやってくるもの。

 それ自体が運命のように。

 あらかじめ決められていたことであるかのように。

 若きウェルテル的苦悩。

 「『ウェルテル』が自分のためにだけ書かれた、と思ったときを過ごしたことのない人は、不幸な人だと言わざるを得ない」

 と言ったゲーテの言葉のように、

 このブラームスのニ短調協奏曲をわが身の苦悩として聴けるときを得た人は、幸福であると思います。

 老練のポリーニとアバドは、この曲を完全に「作品」としてクールに扱っていますが、

 彼らの超人的な技能から生まれる達観した音楽は、言葉もないほど素晴らしいものです。

 もし傍に苦悩する人がいたら、こう言葉をかけてやりたいと思います。

 「あなたは、ブラームスの第1ピアノコンツェルトを聴くことができるじゃありませんか。」

 と。





 蛇足ですが、僕はこの曲にひとつだけ不満があります。

 第3楽章の最後のほうで、何の前触れもなくいきなり長調に転じて「問題の解決」が図ろうとされ、そのまま強引にコーダへ突入してしまいますが、何度聴いても、僕にはとても説得力に欠けるフィナーレであるように思えてなりません。

 第1楽章の冒頭の嵐のような苦悩は、そんな簡単に「解決」できるものではなく、永遠に背負わなければならない「業(ごう)」のようなものではないかと思うのです。

 しかし、この第3楽章のコーダは、その苦悩に満ちた人生の中で、ときに一瞬だけ垣間見る光明のようなものなのかもしれません。

 たとえこの曲が終わっても、私たちの業は続いていく。

 ブラームスは、この居心地の悪いフィナーレを作ることによって、そのように言いたかったのかも知れません。
  





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Last updated  2006年10月08日 00時34分41秒
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