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テーマ:好きなクラシック(2328)
カテゴリ:ヨハネス・ブラームスの音楽
とても熱心に何か細かい話をしている。 「どうしたんですか?」 と問うと、 「急な仕事が入ったんで」 と答えたなり、二人でマニアックな打ち合わせを続けていた。 彼らの仕事はうちの役所の中でもとても特殊な仕事をしていて、うちの役所の人間であっても、彼らの話す言葉の半分は理解できない。 僕は一応直属上司なので、聞き流しながらなんとなく理解できたが、それにしても細かい内容の議論である。 仕事人なのだ、彼らは。 どんな些細なことであっても、微塵も譲る気はないらしい。 彼らの仕事のことはとりあえず任せることにして、「僕にはどうぞ気になさらずに」という意思表示として、ウォークマンのイヤホンを耳にセットした。 曲は、セルのブラームス交響曲全集。 ジョージ・セル(1897-1970) ハンガリー生まれで、アメリカのクリーヴランド管弦楽団に長く君臨した偉大なる指揮者。 彼については、 「正確だけど色気がない」「厳格で冷たい」 といったネガティブなイメージをもっている方がたくさんいると思う。 でも、セルにはハートがある。 僕にはそれがわかる。 ここで聴くブラームスは、確かに微塵の妥協もないブラームスだ。 しかし、リズムは正確だけど決してインテンポではなく、随所で瞠目すべき「ため」がある。 旋律を歌わせることについても細心の注意が払われ、第4番の第1楽章などはクライバー以上に情緒的でドラマティックな仕上がりとなっている。 ほかにも第1番のフィナーレの盛り上がりは特筆すべきものだし、第2番・第3番の叙情をそれぞれ描き分けている点など、セルの力量の確かさを感じることができる。 ひとことでいうと、キリリとして隙のない武士のようなブラームスなのである。 セルは確かに独裁者であり、クリーヴランド管弦楽団の楽員たちに無理を強いたかもしれない。 しかし、残された映像で見るリハーサルの彼は、ユーモアがあって、とても「熱い」男である。 自分のイメージする音楽を、自分のオーケストラに長きにわたって徹底的に叩き込み、ついにはそれを実現した男、ジョージ・セル。 もし機会があったら、彼の音楽に、注意深く耳を傾けてみてほしい。 そこには、一人の情熱家、ジョージ・セルがいるはずだから。 さて、うちのおじさん二人組。 やがてひと段落したのか、 「係長、お先に失礼します」 と言って退室しようとしたので、 「あ、超過勤務つけときますから、ちゃんと帳簿に書き留めておいてくださいね。」 と僕が引き止めると、おじさんAが、 「それにしても係長、若いですね」 おじさんBも 「そりゃぁ、われわれとは年代が違うんだから」 僕がウォークマンを聞きながら仕事をしていることについての感想らしい。 「ブラームスですよ。ジョージ・セル。知ってますか?」 二人はきょとんとして顔を見合わせて、首を振った。 「お先に失礼します!」 でも、僕は彼らがその後も喫煙室で細かい仕事の打ち合わせをしていたのを知っている。 うちの役所の毎日は、ちいさなジョージ・セルたちの情熱によって、支えられている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年11月04日 22時27分56秒
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