ブラームスはお好き？

　近所の図書館からＣＤを借りてきて、もうかれこれ１か月になる。

　そろそろ返しに行かなければ、と気にはしてるのだが、

　あいにく妻も僕も時間がない。

　図書館に行くくらい、

　ちょっとした時間さえあればいいのだが。

　気が付けば、期日をはるかに過ぎている。

　ここは田舎なだけに、図書館ものんびりしているのか、それとも人がいいのか。

　特に催促の電話もないまま、

　いたずらに時間だけが過ぎていく毎日である。

　
　借りてきたＣＤは、

　ブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集。

　ズッカーマンのヴァイオリン。


　ブラームスの室内楽はいつもそうだけど、

　彼のヴァイオリン・ソナタは特に、

　「作品」と呼ぶにはあまりにも親密な音楽だ。

　例えるなら、ごくごく親しい人に書いた手紙がたまたま世に知られたようなもの。

　あるいは、日記なのか私小説なのかよくわからないままに公開された紙片のようなもの。

　第１番の「雨の歌」の第１楽章などは、特にその傾向が強いと思う。

　なかでも僕は、

　「ブラームスのどの作品も、これほど私を喜ばせたものはなく、
　　この曲で久し振りに幸福な思いに浸っています」

　とクララ・シューマンを喜ばせた作品１００の第２番が好きだ。

　親密であることと、満ち足りるを知ることと、そして幸福であることと。


　今日、公用で外にでる用事があり、

　たまたま車で図書館の横を通り、借りたままのＣＤのことを思い出した。

　雨が降っていた。

　ブラームスの「雨の歌」の旋律が脳裏に浮かび、小さく心が痛んだ。

　何事も、「借り」を作ったままにしておくことは気持ちが悪いものだ。

　今週末にでも、時間を作って返しに行こう。

　そして、図書館横の美味しいハンバーガー屋さんで休日の昼食を取るのだ。

　小さな公園の晩秋の紅葉を眺めながら。

　できれば、親密で、満ち足りて、幸福な気分で迎える週末であってほしい。


　ちょっと落ち着いてきたとはいえ、未熟な新米係長にとっては、

　毎週、心身をすり減らすような事件続きである。

　ブラームスの音楽がなかったら、僕はとっくの昔に力尽きていたかもしれない。