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テーマ:お勧めの本(7350)
カテゴリ:ブラームスの本棚
あまりにも素朴な問い。 この問いを発したことのない人は,おそらくいないはずである。 僕の知る限り,ここで紹介するアラン『幸福論』ほど,この問いに誠実に答えたものはない。 単純な問いには単純な答えでなければならないが,アランほど簡潔に,しかも美しく,機知に富む答えを用意した人を,僕は知らないのだ。 正確に言うと,このアラン『幸福論』は「論」ではない。 アランは論じてはいない。 原題を,「幸福についてのプロポ集」という。 プロポとは,紙葉1枚2ページに書かれた断章で,アランのオリジナルの文学形式である。 20世紀の初めころ,アランは毎日せっせとこのプロポをルーアンの新聞のために書いた。 その中から幸福に関するものを集め,一冊の本にしたものが,アランの『幸福論』なのである。 アランは何も押し付けたりはしない。 アランが与えてくれるのは,「気付き」である。 アランはとりわけ,身体が心に及ぼす力を,さまざまな例えを用意して繰り返している。 不機嫌なのは,疲れているか、身体のどこかが痛むからである。 気分屋の不機嫌こそが、「諸悪の根源」であり、 身体をないがしろにして幸福はありえないのだ。 そして、いつもよい気分でいることこそが、私たちの高貴な義務でもあるのだ。 僕が思うに,全93のプロポ中の白眉は,第47章「アリストテレス」である。 「楽しみは力のしるしである。」 というアリストテレスの言葉の中に,この本のエッセンスとも言うべき,核となる主題が詰まっている。 この本の全93のプロポは、アリストテレスのこの箴言の、アランによる展開であり,変奏なのである。 (これは偶然かもしれないが、47という数字は、93のという数のちょうど真ん中に当たり、第47章「アリストテレス」こそが、この「93のプロポ集」の「へそ」の部分に当たっている。) 日本の諺になおせば、 「好きこそものの上手なれ」 となるものだろうが、 しかしアリストテレスが言っていることはそれとはちょっと違う。 例えて言えば、こういうことなのだ。 食通は健康で丈夫な胃袋を持つから食通なのだし、 食事を「楽しむ」ことができるということは、食事を消化する「力」を持っていることの「しるし」なのだ。 この本は,順に従って読む必要はなく,好きなプロポから読めばよい。 だからといって,一度読んでそれで終わりというものでもない。 僕にとっては,いつもそばに置いて、いつでもページをくくれるようにしておきたい本の一つである。 そしてこの本を読んだ人は,きっと僕と同じように思ってくれることだろう。 蛇足だが,僕とこの本の出会いは、学生時代,とある友人からの勧めだった。 「貴方に読んでほしい本があります。アランの『幸福論』です。」 その言葉の響きは、まるで福音のようだった。 吹き抜けの玄関に迎え入れるように僕に接してくれたその友人は、今、ロシアにいる。 最近、結婚もしたらいい。 ここで皆様にこの本を紹介できる機会を得たことを,その友人とともに喜びたいと思う。 一人でも多くの方が、この良書を手にとってくれることを願いながら。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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