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カテゴリ:ブラームスのひとりごと
今日、床屋に行って来た。
この町に来て1年以上になるのに、 まだ「いつもの」店が定まらない。 今日も初めてのお店。 そして今日も憮然として帰ってくることになった。 この田舎町には、「よい床屋」がない。 僕の「よい床屋」の条件はそんなに多くないのだけど、 それを全部満たしてくれるお店がない。 府中にいたころはまあまあお気に入りのお店があったし、 その前に福岡にいたころは「これぞ」というお店があったから、 月に1回の「床屋タイム」が楽しみだったのだけど。 この町に引っ越して以来、髪を切ることがとても億劫に感じるようになった。 必要なのは、まず、清潔感だ。 清潔感のためには、外観も内装も古過ぎてはいけない。 鏡や水周りがくたびれていたり、シャワーの出が悪かったり、椅子がキコキコいうようでは駄目である。 また、ハサミや剃刀の小道具や、シャンプーやローションなどが時代遅れなものを使われているようでは困る。 髪の毛は、適度に湿らせてカットしてほしい。 乾いたままだど、僕の毛髪は細くパサパサしているので、切った髪が額に落ちてくるとものすごく不愉快なのだ。 だいたいからして、僕の頭は「物」ではないのだから、気配りというか、僕という客が不快がらないだけの配慮が欲しい。 やたら力を入れすぎないでほしい。 ただ単に髪が短く仕上がればよいというものではないのだ。 「商品に傷がつかなればいいだろう」という程度の、プロセス無視のデリカシーのない床屋はお断りである。 あと、店員さんは若いほうがいい。 床屋の辞書には熟練という言葉はないのか、オジサンで僕を満足させる腕の持ち主に出会ったことがない。 仕上がりにしても、プロセスにしても、「スタイルが古い。」 これに尽きる。 僕のようなしゃれっ気のない短髪でも、スタイルの古い新しいというのがちゃんとある。 若い人は、仕上がりだけでなくて、プロセスへの気配りもちゃんと教育されているし、 「短めに」 という指示だけでこちらの意を汲むことを知っている。 オジサンに 「短めに」 と言っただけでは、何をされるかわからない。 最近、マッサージをサボる床屋が増えてきた。 昔は「お値段込み」みたいな感じできちんとしてくれたのだけど、 「ま。適当に。うちは床屋だから。」なんて割り切りで、 マッサージに関するプロ意識が欠けている。 ひどいのになると、別料金制になっている。 最期に、終了後にコーヒーを勧めるのはやめてほしい。 僕はここに髪を切りに来ただけであって、それ以外に用はないのだ。 床屋とは余計な話はしない。 天気のこと意外は話しかけるな! これは鉄則である。 レジでマイルド・セブンを箱から一本突き出して勧めてくるのは、もはや論外である。 今日の床屋も失格だった。 「そんなに言うなら、美容室に言ったら?」 と妻は言うが、 男子たる者はスニーカーを履いて床屋に行くものなのだ。 悪いけど、それだけは譲れない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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