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テーマ:好きなクラシック(2328)
カテゴリ:ヨハネス・ブラームスの音楽
不幸にして都を追われた源義経のごとき存在のチェリビダッケは、 実力については文句の付けようがないけれども どうも抹香くさくて(?)、僕は苦手意識があったのですが、 このCDはよいですね。 まずはロッシーニ『泥棒かささぎ』、よいですね~。 のほほ~んと力が抜けていて、 しかも洒脱で。 これぞイタリアンの響きですね。 スパゲッティーを茹でるにはちょうどよいです(by村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」第一部:泥棒かささぎ編)。 これは空耳か、オーケストラの向こうからオペラ・ハウスのバリトン・テノールのコーラスが聞こえるようです(いや、聞こえます。)。 続くR・シュトラウスの『死と変容』。 このCDを買ったきっかけは、昨年ティーレマン=ミュンヘン・フィルの同曲超名演を聴いてしまったからで、 その幻影を求めての購入でした。 なにせ、あの超・超・スローテンポを最後まで集中力と緊張感をもって『死と変容』をやってくれているのは ティーレマン(まだ録音がない)のほかにはチェリビダッケしかなかったのです。 おおよそ、期待どおりの名演です。 チェリの演奏としては、全く申し分ない。 しかし、ティーレマンの超弩演に一日の長があったか、と思います。 僕の記憶が美化されているのかもしれませんが、 ティーレマンのある部分はチェリを越えているか、確実に越えつつあると思います。 それほど、ティーレマンの『死と変容』は強烈でした。 徐々に何かが立ち上ってくるようなあの迫力は、一生忘れることはできないでしょう。 チェリのブラームス・交響曲第4番は、 「草書体」のブラームスです。 ここまで来ると「芸」という日本的な言葉で表現したくなります。 カラヤンもバーンスタインも、チェリと比較すると「楷書体」ですね。 真面目にスコアに書かれたとおりの音符を音にする、それはそれで素晴らしいのですが、 チェリのような見事な「くずし」をくらってしまうと、 繊細とか、文学的とか、表現の振幅の広さとかいう言葉を羅列するのが嫌になります。 例えるなら、紫式部の生の書で「源氏物語」を読んでいるような気分にさせてくれるブラームスです。 草書体で、ひらがな混じりの、しなやかなブラームス。 原典のこころに触れるようなチェリビダッケのブラームス。 リハーサル風景付きです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008年02月18日 06時21分31秒
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