諸行無常。
どうも、麗月です。 今晩は同級生のお通夜でした。 保育園から小学校が一緒で、互いの子どもも同級生で同じクラス。 地元工務店の若社長と呼ばれていた彼の訃報は、携帯経由の親である私の側の同級生ルートと娘の学校ルート(春休みが始まったばかりでの前クラスの電話連絡網と学校のML)の二本立て。トドメがご近所の掲示板。 残業予定を上司に断って定時であがり、袱紗に包んだ香典袋を突っ込んだ通勤かばんをかかえたその足でお通夜会場の葬祭場へ。 PTA、子ども会、消防団、それに仕事関係。 故人の遺徳がしのばれる多数の参列者の中に見慣れた顔。 小6で机を並べて同じクラスで学んだ同級生たち。 同級生同士で結婚して家業を継いだ子、早くに結婚した子、私のように訳あって実家へ出戻っているのやら男子も女子もプチ同窓会の様相で互いの近況報告に花が咲く。 薄型モニターで中継される式の様子を見つめながら、少しずつ別れを自覚する。 焼香の瞬間にはまだ実感できなかった。 授業参観の時に、ふらりと作業着姿でやってきた彼とは互いに挨拶をする程度だった。 打ちしおれた顔のご両親と、奥さんと、きょとんとした様子の子どもたち。 拝棺の時にまだ起き上がってきそうな様子で横たえられてる彼を見て、実感した。 10年ほど前に祖母を見送ったときに見た、土の色をした顔。 次の同窓会でもう彼の声を聴くことはないのだ。 互いにほのかな寂しさを抱えながら、ぼんやりとした月の下で級友たちと車座になって立ち話をする。 話も尽きてお開きとなったが、出席してた女子ばかりの帰りの車中で「次は楽しい席で会いたいね」が別れの言葉になった。 帰宅して、肩に清め塩をかけてもらいながら娘と話した。 娘も3年・4年でお世話になった担任の先生や校長先生も臨席されていたこと、自分の失敗。それから臨席していた、娘の級友たちの様子。 そして私は、今日会わなかった級友の一人に電話をかけた。 彼女も彼の死は知っていた。体調が優れず出席できなかったという。 彼を知る人と実感を分かち合いたかった。 見知った人を喪うというのは、こんなにも気持ちが揺らぐのだ・・・。 そしてまだ揺らいでいて、こんな風に何かに書き表さねば気がすまない。 私の人生の終わりは、いつ迎えることになるのだろう。 そして残された人々は、どんな顔をして私を送るのだろう。 きっと今のままならば、苦笑して見送られることになるのかもしれない。 「もー、あの人はホント、好き勝手してたよね~」と。 「でも憎めなかったよね~」 できることなら、私のことを覚えていてくれる人がいますように。 私のことを祈ってくれる人がいますように。 そして思い出すたびに少しでも笑ってくれるように。 その笑いは嘲笑ではなく、微笑でありますように。 いつになるかわからないその日のために、また明日から歩きだす。