時代の花 時節の花
…どうも、麗月です。ヲタ古典芸能、とうとう生観劇(観能?)して参りました。『能狂言 鬼滅の刃』です。夏休みに娯楽的なものに一切触れてなかったので一大決心してチケットを取りました。ホールで能楽鑑賞は部活で謡や仕舞をお稽古していた学生時代以来、漫画原作の能楽は直に鑑賞するのは初めてでした。この作品、能楽堂だとすぐにチケットが取れなくなる人気公演ですが、さすがホール上演になると多少の余裕が出たようでチケットを購入したのが開演初日の8月21日で24日の昼の部。eプラスで購入してコンビニエンスストアでチケットに引き換えて、当日行く途中で電車が止まるアクシデントもありましたが、何とか滑り込み無事観劇できました。キャストとしては、野村萬斎先生に大槻文藏先生がメイン!竈門炭治郎・禰豆子を文藏先生の芸養子の大槻裕一さんが、吾妻善逸を萬斎先生のご子息である裕基さん、嘴平伊之介を野村太一郎さんが演じてらっしゃいます。ちなみに人気の冨岡義勇は福王和幸先生と福王知登先生のダブルキャスト。萬斎先生は全部で4役こなされてます…鎹鴉松右衛門に刀鍛冶の鋼鐵塚さんに炭治郎の父炭十郎、そして鬼撫辻無惨…。文藏先生は大詰めの切能で十二鬼月の累を。いや、凄かったです。時代の花とも言える『鬼滅の刃』をそれぞれの世代の輝き(能の世界で言う『花』)を活かした形で能狂言に上手く落とし込んでいて、非常に分かりやすい上に楽しめる演目になっていました。しかし…シアター版と能楽堂版だと作り物(演劇でいうセット)や舞台の構造や使われた仕掛けがかなり異なるようでした。能楽堂だと備え付けの舞台構造として橋掛かりという通路と4本の柱に支えられた能舞台に世界がギュッと濃縮され、なおかつ照明も地明かりのみ。竹や布、麻紐や縄や藁で作られたシンプルな舞台装置や持ち道具で表現され、形に沿って動きます。シアター版は舞台の作りとして舞台上、上手と下手の双方から橋掛かりが伸びて中央に舞台が設えられていました。舞台上に所作目処となる四方の柱はありません。その中で物語が繰り広げられます。ネタバレになりますが累は文字通り奈落に沈みますし、禰豆子も謡ったり語ったりしません。照明や装置の工夫がより一層物語を引き立て、パンフレットにあった謡本の草稿からシアター版の方が能楽堂版より練り上げられ、より原作に近いように改変されていった過程が読み取れました。この作品の特徴として役柄の属人性が挙げられると思います。鬼撫辻無惨などは萬斎先生の容姿あってこそのお役だと思いますし、文藏先生の累もそのお声の美しさ、先生の重ねられた年月ゆえに累たり得たのです。全てのキャラクターに演者の方々と重なるものがあり、能楽には珍しい『はまり役』が続出しました。個人的なツボとして印象に残ったシーンを以下に箇条書きで挙げます。ヒノカミ神楽育手の鱗滝さんと冨岡さんの手紙朗読消えた錆兎と真菰と同時に現れる割れた岩平安時代の無惨さま(和泉式部の和歌の引用で能の『鵺』を連想した)箱から出た禰豆子(見た目は女性的でヨワいのに囃子は男性的でツヨい…鬼だから?)鋼鐵塚さん鎹鴉たちと鎹雀(愚痴る従者の酒盛りは狂言あるある)冨岡さんのええ声(福王先生のお声の変わらなさはベテラン声優さんばり…)眠りながら切る善逸と切られた鬼かまぼこ隊のわちゃわちゃ(シテ方・狂言方の絡みは珍しい)切能まるまる一番(累の切なさは原作にちかい…)