”悪平等”ってなんですか?
所得の格差が拡がっていることをさして、小泉さんは「悪いことではない、今までが悪平等だったのだ。」とおっしゃったとか。。。つまり、その内容は”自分が規制緩和をしたおかげで、悪平等という悪い風習はなくなり、所得の格差拡大という望ましい?傾向になっている”、ということでしょうか?たとえば、やってる仕事が同じような内容ならその報酬も同じくらい・・ということが悪平等???〔というのは、そういったことは今までだって一度もなかったじゃないか?と思えるからなのですが・・・〕だとしたら悪平等の中身を教えてほしい・・・[談合で天下り先に仕事を順繰りにまわしていたというのは”悪平等”でしょうけど、それについては一向によくなっていないことはつい最近の防衛施設庁の件でもあきらかに・・]所得の格差拡大が悪いことではない、と一般的に言えるのであれば、お金を稼ぐことができる人がえらい人なのだ、と子どもに教えることになりはしませんか?ではお金を稼ぐことが人間にとって一番大事なことなのでしょうか?稼げない人は価値がない、のですか?子どもたちに、ただ単に金儲けの得意な人になってほしいのですか?そういう子どもたちをたくさん生み出したいのでしょうか?所得の格差がどのようにして生まれるのか、を考えた時、ーどんなにまじめに働いても、かつかつの生活しかできない、家のローンの支払いのために一生働いて終わりーというような庶民の暮らしの一方で・・高級官僚などは退職後も天下り先で高給を食み・・退職金を何度も受け取り・・公金を湯水のように使い・・。。ということがあったりします。これはごく一部のことでしかありませんが。働く人全体にとって問題だと思うのは非正規の雇用が増えていることです。同じくらい働いても、収入には格段の差があります。パートの人などは、ボーナスの時期になると仕事を休みたくなるといいます。こうした差(身分の差)は会社にとって都合がいいことであり、働く側にとっては実は、ちっとも有難くないことではないでしょうか。労働条件が違いすぎることは決していいことではないと思います。(コイズミさんにとってはいいことなのかも?)正社員だっていつそういった不安定な雇用に置き換えられるかわかったものではありません。(事実それが増えています!)正社員と非正規社員は敵対している場合じゃないのです!!『ひたいに汗して働く』、ことを尊い、と教えつつ、その報酬はすずめの涙。。尊いことをしているのだから、収入が少ないからといって文句を言ってはいけない。。はては”働けるだけでも有難いとおもわなくっちゃ”・・?理不尽なことは理不尽なまま???来るべき社会の担い手である子どもたちに、『ひたいに汗して働くことが尊いのだよ』と教えるのであれば、それは説教だけではダメなのでありまして・・理不尽なことは正していかなくては子どもたちに胸を張れないように思います。