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前回の続きです。
クイーンの曲がメッセだとしたら、 『愛しき教え』に当たるものは、トールさんに関わった人それぞれがそれぞれの教えをもらったのではないかと思います。 それほどに、真摯で強い思いと行動を貫かれ、かつ、慈愛の人だったように思います。 私が貰ったと感じる教えも、あくまで私が感じる事です。 それは『愛しき教え』→『愛の教え』と読み替えられるものでした。 『愛』って難しいですよね。 以前から『愛』というものを一言で語る難しさを感じていました。 『愛が大事』『愛し合いなさい』と啓蒙する文章は多かれど、 とってもあいまいで、聞く分には耳当たりは良いし、納得しちゃいかちだけど、 具体的にはどうなの? 生活ではどうなの? と思うと、私にとっては一番安易に使えない言葉の一つでした。 心が高次元に近づくと、人の愛は個人的なものから、 一般的に言う「普遍愛」や「ユニバーサルラブ」というものに変化していくと言います。 私たちが究極の心の持ち方として、それを目指し、それを一つの目標としている事も真実だと思います。 それゆえ、それが最上級であり、最良であると思われますし、 それを目指すべき!って考えもあります。 が そうなのかなぁ と、最近思っていました。 トールさんの件に関わって、その点で自分への答えの一つに近付けたように思いました。 さつきのひかりさんのアルディアスさんとリフィアさんが物語の中で教えてくれる『ツインソウルの愛』とまではいかなくても、 夫婦の愛とか恋人同士の愛 友情の愛もあれば、 家族の愛もあります。 色々な愛の形があって、私たちはこの3次元でそれを学びます。 愛する人・愛してくれる人がいないって「寂しさ」すら「愛する事」「愛される事」の大切さを学ぶ愛の形でもあります。 一人の人が、一人の人を「愛(いと)しき」る。 それは「して欲しい」とかを超えて「相手の最上の幸せを望む心」でもあり、『自己犠牲』を学ぶ事でもありますが、一番大事なのは 『幸せ』なんです。 温かさに包まれ その人がいれば満ち足りれる。 生活だってギリギリ暮らしていけたらいい。 傍にいるだけで、どれだけ満ち足りて安心して、心に力が湧いてくるか。 そしてその人と相思相愛になれたら、どんな金銭を積まれても得られない幸福感と充実感に包まれるか。 (て、包まれても『課題』は起きつづけますが) さつきのひかりさんの文章をお借りすると… 『相手にどうしようもなく惹かれ、唯一無二として大事にしたいと望む、その気持ちも一緒。 掌中の珠のようにいとしんで、そしてその自由を望みのままにと保障していたい。』という思い。 そして、その思いは『甘い心地よさ』だけではなく、 強い力も生み出します。 同じくさつきさんの文章から頂くと… 『絶対の守護者、とじぇいど♪さんに言っていただいた彼は 物事の選択に関してとても明快な基準を持っていて、迷う、ということがほとんどありませんでした。 最優先のものがたったひとつ決まっていて、それ以外はいざとなればいつでも捨てられるもの、そう覚悟していたからです。』 という事。 唯一のものの為に『選択する力』という大切な事。 実は、これがとっても大事なのではないかと思います。 普遍愛にも『選択しなくてはいけない時』が来るかもしれません。 普遍愛は人類だけへの愛ではないく、生きとし生けるもの、存在するもの全てへの愛です。 極論の例をとれば 『地球の他の生き物を守る為に人類を削除しますか?』 という問いに普遍愛はどう答えるのでしょう。 『みんな全部』と『あれもこれも』は一緒ではない。 普遍愛で行動するという事は とっても重く、大きな責任を背負うという事。 処で、普遍愛の代表は私たちの身近な処に居ます。 例にも登場した『地球という惑星』です。 アカシックレコードを初めて読みに行った時に、 私の過去生の記憶の中に、地球誕生の時に大きなソウルグループの意識体の一つの中から、それを見ていたとうぶっとんだ孟宗を見たことがあります(ごめんなさい)。 その時に、地球になった『彼女』の心に涙が止まりませんでした。 そのことと、今の『選択する強さ』が私の中でこう結びつきました。 ワールドワイドの愛だけでは惑星をやりきれない。 一人の人を心底愛する心を知ってこそ。 一人の人の尊さを身にしみに知ってこそ。 耐えられるのだと。 万人が悲しみの底に貴方を突き落としても、 たった一人、貴方が心から愛する存在があれば 貴方は、全てを投げ出さずにそれを越えられるだろう。 星になるという事は 何万年も 何億年も 続く仕事。 一度や二度 嫌になって捨てられる仕事ではない 何度も 何万回も 何億回も 壁にぶち当たるかもしれない 愛するのものに裏切られるかもしれない。 ノアの洪水で人類を救ったのは、 ノアというたったひとりに対する愛だった 全から一が生まれる時もある しかし 全がなくなった時 支えるのが一である場合もある 一の尊さを知り それを失う悲しみを学ぶ事が大切なのだ その悲しみを知る事は その悲しみを二度とおこさない、強い決断の力となる と。 >>>>>>>> 色々な苦しみや悲しみもそうですが、 最愛の人をなくす心の痛みは、他の人が同じようになった時の痛みも共感できます。 普遍愛の記号が『∞(無限)』だとしたら、 その根本にある二人の愛(相手がいる最小単位)は『0(零)』かもしれません。 どちらも、限界がありません。 陰陽の間柄かもしれない。 そして、最愛の人がいると…自分を大事にしなくちゃいけない事にも気が付く。 だって、最愛の人が一番大切にしているものが「自分」だとしたら 自分を卑下したり、むやみに価値を低くして「犠牲」にする事は、 その人の心を無視する事になるから。 実は究極にその人の思いを踏みにじる事になるのだから。 普遍愛は確かに目標の一つかもしれない。 けど この3次元に生まれた本当の理由は、 その普遍愛の大事な大事な基礎になる『二人の愛』、そしてそこから繋がる『自分への愛』と、『選択の力』を学ぶ為ではないだろうかと。 普遍愛は高等数学なら、 3次元の日常の家族愛や友人愛、そして恋人や夫婦の愛はその根本原則になる「足し算・引き算」じゃないかと。 友人が言っていて、私もそうだなと思ったんですけど マクロコスモス=ミクロコスモスなんですよね。 昔、やっていたペイフォワード一斉ヒーリングの時に、温かくて明るい根源の様な処をどんどん行ったら…最後に自分の細胞のDNAの中に戻ってきちゃったっていう孟宗もありますw 向上心って大切だと思うし、 色々な目的をもって生まれてきた中には 学びを目標にしている方々もいっぱいいらっしゃると思います。 けど、 自分もかつてそうだったからなんですけど… つい「上(天)ばかりを見てしまう」ってもの注意しなくちゃいけないと思っています。 普遍愛が「至上(天)の愛」だとしたら、 たった一人を愛しく思う心は「足元(グランディング)愛」だと思いました。 たった一人じゃなくても、 家族とか 友人とか 人にじゃなくて、一頭の犬さんや猫さんでも…。 愛しく思う人の全てが、愛しくなるんです。 その人の好きな物。 好きな趣味。 やりたいと思う希望。 自分がその人に出会うまで知らなかったものが、 その人と出会う事で、キラキラとした輝きを持ち始める事もあります。 ・・・・ それが、普遍愛の第一歩の様な気がします。 「上を向いて歩こう♪」も大切だけど、 実は、一番大切な幸せは足元にある(青い鳥のように)時もある。 三次元にない物を目指すのも大事だけど、 身近にある三次元にあふれているものは、「三次元の地球にしかない」ものだから…。 距離感だって、普遍愛より、よっぽど近いし学びやすい(笑 て、感じでやっぱり足元の愛ってのが、とっても大事だと思ったんです。 トールさんはそれを、伝える仕事もあったように感じたのでした。 う~~~難しくてごめんなさい。 けど、トールさん、ありがとうございました。 本当に ありがとうございました。 貴方から頂いた私の「愛しき教え」を大事にさせて頂きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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