カテゴリ:東ティモール
東ティモールのディリ。乾季で干上がった川を歩いた。時は,’12年8月9日。同じ所を,ちょうど1年前にも歩いている。
’11年8月の様子(クリックでジャンプ) 似たような光景になるが,大きく違うのは出会う人々。これが楽しい。その5 ここは,コンクリートで川岸が固められているが,ボロボロになってるやん… それも向こうまで。 川岸の民家 車が止まっている 声がかかる 横には,少年もいる。 遊んでいるよう見えたが,働いている。バケツに小石を集めている。児童の労働は,当たり前にある。 反対側を見ると,工事をしている。ここは墓地だった。この辺は,去年は来なかった所だ。 この後,道を進んで墓地などを見に行ったが,今回のテーマの川底ではないので,後日にUPする。 しばらく歩いた後,川岸に戻ってきた。牛たちが休む。私を見ると,微妙に警戒していた。 この辺りは,全く水がない。この先は何もなさそうなので,引き返す。 砂利を取っているのか,ズタ袋が置いてある。しかし,こんな取り方をしたら,雨季に水が溢れて,その中を人が歩いたら,いきなり足下が深くなって非常に危ない気がする… あまりにも暑いので,この右側の陰で休む。暑いのには慣れているが,このカンカン照りの暑さはキツイわっ!! しかし,間もなく,どこからか少年たちが登場。カメラは横に置いて見えないはずなのに,集まってきた!「おいおい!!」そして,カメラを見て「撮って!」(^_^;) 「あっ」…いま気がついた。今までVTRやデジカメを持っているから集まってきていることが多かったが,そうでなくても寄ってくることがあるんや!! ちゃんと撮った!それも何枚も。純粋な気持ちでやって来ている。断るのは忍びない。 私の人生,「来る者は拒めず,去る者は追えず」…??(^_^;) とにかく暑いし休みたい。ちょっと上の林の木陰に行くが… やはり声がかかる。ちょっと距離が離れているんだが。 でも,ちゃんと撮る。 結局あまり休まないままに,もとに戻る。でも,また違う道を進んだ。 次回に続く… 最近の高性能のデジカメは,一眼はもちろん,コンデジ,VTR静止画像問わず,画像の情報量が多いようだ。以前は,25枚ほどUPできたが,最近撮った画像は17枚ほどしかUPできない。同じサイズにしているのだが。 ※ これより下は,昨日までにもUPしたが,この国へ行く人は本当にめったにいないが,旅はちゃんとできます。基本的に危ないことはないです。ぜひ,行って下さい!! 東ティモール編は何回もUPしているが,どこにあるのかご存じか?インドネシアの中にある。ティモール島の東半分と飛び地で西ティモールの一部にある。 ’02年5月,複雑な経緯があるがインドネシアの占領から独立。実際は,ポルトガルからの独立。 その後,’06年~’08年には,いろいろな動乱が起きている。’06年の動乱の時は,住民のほとんどが難民となってディリを出た。 地図の画像は,JICAのサイトより引用。飛び地オエクシなどを加筆。 私は,初めは’03年8月に行った。独立1年後だ。独立後も騒乱が起きている。 今までも何回かUPしているが,独立後に焼き討ちに遭ったスーパー。私が行く何ヶ月か前だろう。 撮影は,もちろん’03年8月だ。 ここも,焼き討ちに遭った跡。 これも,’03年8月。 これは,民家。 同じく,’03年8月。 今でも… 投石や暴動の対策として,窓に金網を張っている。 ’11年8月。 形式はかなり変わったが,今でもUN(国連)が,治安維持に関わっている。 これは,’12年8月。 左は,UNMIT(国際連合東ティモール統合ミッション)の駐屯地。厳重に警備されている。駐屯地は,あちこちに点在するが。 ’11年8月。 なお,UNMITは,この前の’12年12月をもって活動を終了した。 次回に続く… ↓ はげみになります。 本当によいと思われた方,クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。クリックするだけでOKです。よろしくです。ぜひぜひお願いします! 人気blogランキングへ にほんブログ村>アジア旅行と海外旅行にエントリーしています。 ※ 画面が完全に出るまでに戻ると,カウントされないことがあります。 クリックで,本サイトへ! 本サイト お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[東ティモール] カテゴリの最新記事
|
|