カテゴリ:ミャンマー
コロナ対策で,ロックダウンや夜間外出禁止令,集会禁止令などが矢継ぎ早に発令されているが,日本では考えられないスピードだ。でも,これぐらいしないと終息しないのも確かだろう。
多くの人がきちんと守っている。逮捕もあり得る状況だが,お願いの段階からでも,きっちり守っている。日本からすれば考えられないぐらいにコロナを怖がっている人が多い。医療施設が不十分なこともあるだろう。しかし,違反をしないのは,かつての軍政の厳しさを知る人が多いのも,その要因ではないだろうか?あくまでも,私個人の考えであるが。今は当時とは全く様子が違うとはいえ,逮捕や拘束の怖さがあるのは同じ。その怖さは,優しい大甘の日本の比ではない。 写真は,2008年頃からすでに何回か出しているものなので,目新しいものではない。2008年と2011年の写真と,この前に撮った写真を。 2008年8月。サクラタワーがある交差点。軍か治安警察かはわからないが,ライフルを持って監視しているのは,日常的にあった。左の建物内は,交通警察。そこらじゅうの交差点や大通りに軍人や警察がいて,独特の緊張感があった。日本人でも,ここに20~30年住んでいる人から見れば,当たり前の光景なので,私ごときがあまり知ったようなことを書くのは,大変失礼と思うが… 撮影は,セントラルホテルから。軍人や警察の目の前で撮影なんて,絶対にできない。すれば,即拘束!! ダウンタウンの各所にも,こうやって立っている。一瞬で撮影。だからピンボケ。緊張感は半端ない。 2007年9月には,反政府デモの取材撮影で,ジャーナリストの長井さんが撃たれて亡くなっている。もしかして,そのことを全く知らない日本人の駐在員がいるかも知れない。 ※ 「ビルマ民主の声(The Democratic Voice of Burma)」から引用 その現場です。見覚えのある方も多いでしょう。こないだ撮影。 これは警察。横では,庶民の日常生活がある。まだ,警察や軍とわかるだけいいが,当時は秘密の公安が一般の民衆に紛れてウヨウヨいたので,街なかでうっかり変な行動をしたり,言ったりすることもできない。密告もあるし。 列車に乗ってきた警官。大きな荷物を持った人には片っ端からお金を徴収。 2011年12月。ここは,ネピドー手前のタウングー。政権が移管された後だが,軍人などは,まだまだ街角にいた。画像は粗い。 写真では見えないが,ライフルを持っている。鉄橋の近くだった。当時,撮影NGだったのは,軍人,警官,軍施設,警察施設,政府施設,消防施設,空港,港,鉄橋,鉄道駅,鉄道,列車,列車内,GSなど多岐にわたった。 当時の緊張感は,旅で13回来た私にもすごく感じることができた。あちこちの国に行っていただけに,余計に違いがわかった。街歩きで撮影が中心の旅だった上に,ヤンゴンに長く在住している方に大いにお世話になり,一般の生活も多く経験することができたからだ。 いつ終息するかわからないこの状況,その中でも生きていかなければならない。 そういえば,アベノマスク,多くがミャンマーで生産である。そもそも最初のマスク生産,搬入の情報が,3月中旬には出てたので,それは知っていた。逆算すると,政府や経産省からのミャンマーへの生産要請は2月~3月にあったと思われる。4月の発表よりもかなり早くから計画されていたようだ。日本ミャンマー協会は,最高顧問の麻生氏のほかにも自民党やブーメラン党のセンセーたちも理事で名前を連ねています。 ↓ はげみになります。 クリックをお願いします!! ↓2つのブログランキングに参加しています。よろしくです。 ぜひぜひお願いします! にほんブログ村 以前からの,アジア旅行のカテゴリにも参加を続けています。 ミャンマー(海外生活・情報) ブログランキングへ ※ 画面が完全に出るまでに消すと,カウントされないことがあります。 ↓ こちらは確認用ですので,見たいときだけ,どうぞ。アジア旅行のカテゴリの順位がわかります。 にほんブログ村 海外旅行(アジア) ブログランキングへ クリックで,本サイトへ! 本サイト お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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