カテゴリ:自分のこと
金原ひとみさんの記事、「母」というペルソナ、を読んで、自分の過去を思い出しました。
私の育児の辛さは、自分の頑張りを認めてもらえないこと、お母さんなら当たり前だよねと言われたわけではないのに自分で自分を締め付けていたこと、旦那の育児のかかわりが全く期待できなかったこと、同居の息苦しさなど、考えればいろいろと出てくるけど、それらの複雑な思いをこの方は見事に文章にしてくれていて、泣きながら読みました。 ずっと心にあったもやもやを文章にしてくれている、それがとてもうれしくも思いました。 遠方から帰ってくるのが大変だろうという理由で里帰りしなかった私ですが、産後はとても大変でした。心が。 まず、旦那が長期出張に行ってしまって頼れる人がいなかった。 同居していた義父母は抱っこしてくれたりあやしてくれたり、義母はご飯も文句も言わず用意してくれたし、外から見たら何が不満なの?というくらいいい環境に見えたのだろうけど、私は不満と不安の塊でした。 そして産後しばらくしたころ、私が風邪をひいてしまいそれが子供にもうつって病院に行ってきた後。 熱はなく鼻水程度の風邪だったのだけど、義母が「ママが風邪なんかひいちゃうから」という一言で私の中の義母への思いがガラガラと崩れました。 それまで〇〇ちゃんと私のことをかわいがってくれていたように感じていたのに、子どもが生まれたとたん「ママ」というレッテルを張り、私のことをちゃん→さん付けで呼ぶようになり、かわいさの対象が子ども(義母から見たら孫)にうつりました。 それに嫉妬したわけではないけれど、お母さんならしっかりしなきゃねと言われているようで心苦しかった。 慣れない育児で夜間授乳も当然あり。 自分のことは二の次で夏から秋にかけて気温が落ちていたのに自分の体のことには無頓着になっていました。ずっと薄着で過ごしていました。 必死でミルクを上げてお世話をしてがんばっているのに、鼻風邪を引いただだけで「ママが風邪ひくから悪いんだ」と言われたと当時の私は思いました。 頑張ってもねぎらってももらえない。 これが「お母さん」というものなんだと。 それは多分義母からしたらなんてことない言葉で特に意味もないこと。 だけど受け取った私はそう思えなかった。 それから義母に対してイライラがつのるようになりました。 何かするたびに「かわいそう」という言葉。 ゲームばかりして散歩に連れ出すことも、ほんの1時間でも預かってくれない旦那。 3LDKという狭い部屋での完全同居で私の逃げ場はなく。 毎日カレンダーを見て、早く子供が成長しないか、いつこの苦しみから解放されるのかばかり考えていました。 旦那は家にいるときはずーっとゲームばかりで、抱っこしてくれてもほんの数分ですぐベッドにおろしてしまう。 泣けば「おっぱいじゃない?」と自分はおっぱいでないからと放置してしまう。 そして泣いたら旦那にあやしてほしいのに義父母がしゃしゃりでてくる。 自分の思う通りには何一つならなくて、それをストレスだと認めることもできなくて、不満ばかり増幅しました。吐き出す術も、吐き出せる人もいなかった。 「お母さんならあたりまえ。みんなそうしてきた」と言われるのも怖くて相談もできませんでした。 記事の中に「赤子と地下室に閉じ込められているかのような閉塞感」という文があったけれど、まさにそれでした。 何なんだろうこの息苦しさ。 でもこれを追求するのも怖い。 言葉にできないけれど不満感がつのる。 けれど打開する術も策もない。 よくやったなぁ私。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2023.11.16 16:21:42
[自分のこと] カテゴリの最新記事
|
|