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2012.12.11
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テーマ:徒然日記(23463)
カテゴリ:雑談
ソモサン⇔セッパという番組がある。
クイズ番組の類だが、知識量では無く「頭の柔軟さ」や「発想力」を問う内容となっていて面白い。多湖 輝の「頭の体操」のTV版といったところだろうか。

アニメの「一休さん」でもお馴染みだが、「ソモサン」「セッパ」は正確には「作麼生」「説破」と書くらしく禅問答の際の気合いの様なものだ。禅問答は僧侶の教育的行為だが、古には流浪の修行僧が「道場破り」の様に寺持ちの住職に禅問答を挑む事もあり、その際は住職が負ければ寺を追われ、流浪の僧が負ければ自害する程の厳しいものだったらしい。


私は昔からクイズ番組が好きで「クイズグランプリ」なんていう番組があった頃から見続けているのだが、各放送局のクイズ王を集めた「クイズ王選手権」あたりから「究極の記憶力」が問われる様な内容が顕著になって来ていた。それが漢字検定ブームを煽った「漢字王決定戦」や「芸能人クイズ王」みたいな番組にも繋がって行ったのだろう。

知識としてのデータ量は多いに越した事は無いのだが、私は其れだけが突出する傾向には辟易としていた。彼等を「凄いな」とは思うが、憧れる対象でも無い。
例えば、池上彰が凄いのは其の情報量そのものでは無く、一般の視聴者や読者に対しての商品として、膨大な情報を選別・簡易化してマッチングさせる能力の方なのだろうと思う。

インターネットの普及は間違いなく「知識量」が多い事のアドバンテージを希釈した。常識的な基本知識と検索知識があれば、「知りたい事」と、それに関連した「知らなければいけない事」は瞬時に得る事が出来る。「学ぶ」という行為の過程のあるレベルまでは、辞書を引いたり、判例や論文を調べて知識量を増やす事に費やされる。以前なら其の時点での知識量の差異も「能力」として評価の対象となったのだが、ネット普及による「知識の共有化」はその差異を小さなものにしただろう。能力の差異は「その先にあるもの」に集約されていく。

目聡いTV局は知識集積型のクイズ番組の限界が来る前に、「発想」や「知恵」を競わせる番組を創った。
たぶん其れは時代の要請で、おそらくだが正しい。






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最終更新日  2012.12.12 03:11:59
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