最近、時間の流れの中で記憶が正しく時系列に並んでいない事があって
新旧が入れ替わっていたり、何年前かがわからなくなったり…
なので、定期的に思い出を立体的に思い出して整理しなおしています
確か、昨年も思い出していたのですが
あれから、また一年が経過して時間が積もったことになります
だから
夫が旅立ったのが2年前の4月
夫の癌が見つかって手術をしたのが3年前の4月
コロナで1回目の緊急事態宣言が出たのが4年前の4月
そして、春の日本と台湾クルーズ2週間へ行ったのが5年前の4月
5年前のクルーズは
ホーランドアメリカライン・ウエスタルダム号で
横浜~神戸~高知~沖縄~石垣島~台湾基隆~台湾花蓮~長崎~鹿児島~横浜
の15日間のクルーズでした
暗い写真ですが…
オランダ船籍のウエステルダム号はオーステルダム号・ノールダム号・ザイデルダム号の4姉妹
外国客船の名前は女性名なのですけれど、理由は諸説あります
でも、何故か優雅に思えますね
ホーランドアメリカラインに興味がおありの方はこちらからどうぞ
⇩
ホーランドアメリカラインについて | ホーランドアメリカライン日本語WEB (hal-cruise.jp)
横浜港に帰港した早朝のプールサイドには
スタッフが夜中に総出で作った、タオルアートの動物たちで埋め尽くされていて
2週間の一つ船の家族のような乗客との別れを、精一杯明るく送り出してくれます
早朝の横浜港は綺麗に晴れ渡っていました
毎年、4月の出来事を
1年ずつ思い出して、このクルーズの思い出も
え~~~と、何年前だったかな…となっていくのでしょう
夫とのラストクルーズは、この年の夏
同じくホーランドアメリカラインの横浜発着、夏の日本列島とウラジオストック、北海道クルーズでした
今となっては、もうロシアには入港できなくなったので、貴重な経験になりました
その時の記録はまたいつか…
今日は、Googleフォトが5年前の思い出として
春のクルーズの写真を出してきたので、しんみりと記憶をたどってみました
夫は、旅が好きでしたけれど
想い出は一生、心を豊かにしてくれるから…と言っていました
当時は、言い訳のように聞こえていましたけれど
夫を見送り
想い出の中でしか夫と一緒に入れなくなった私には
夫が残してくれた、これらの贅沢過ぎる旅の思い出は
本当にありがたい財産となりました
何度思い出しても磨り減ることもなく
重くもなく嵩張ることもなく、私と共に何処へ行っても取り出すことができる
もっと言うならば
死期が近づいてきたベッドの上で、走馬灯のようにこれまでの人生を思い出すとき
きっとこれらの夫が作ってくれたキラキラとした輝く思い出が
次から次へと出てくるのだと思います
本当に、何よりの宝物を残してくれて有難く思います
これは…夫の計算ずくの事だったのかな…
私を残して、先に旅立つだろうから
自分がいなくなっても、私が少しでも心豊かに過ごせるようにと
一生懸命、将来の分までなるべくたくさん思い出作りをしてくれたのかな
だって、この年もその前の年も
1年に4回もロングクルーズに連れて行ってくれて
今から思えば、先が無いからできる限り多く…そう思ったとしか説明付かないほど
何かにとりつかれたように、旅に連れだしてくれました
きっと、虫の知らせのようなそういうものかもしれませんね
だとしたら、姿が見えなくなった今でも
夫の深い愛情を感じながら生きて行かないといけませんね
そんな事を考えさせられた、今日一日でした
今日もお読みくださってありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
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