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元旦以降は、穏やかなお正月休みを送れた。会いに行く度に擢斗は元気な顔を見せてくれたし、色々と滞りを見せていたミルクの量も又順調に飲んでくれた。指をギュッとしてくれる手の力も強くなった。指が動く様になったと歓喜に満ちていた頃は、小さな小さな少しだけ開いた指の間に皆自分の指を滑り込ませて幸せに浸っていた。それが、滑り込ませる事は変わらないまでも、スッと入れるとゆっくりゆっくりギュッと握るようになり、面会を終える時にはそっと小さな指を一本ずつ開いて隙間を作らないと指が抜けないようになっていた。少し調子が良くなると、新米両親の私達には思ってもみなかった新しい試みを先生や、看護師さん達から聞かされ喜ぶ事が多い。声を掛ける、身体を拭く、お湯に手を浸す、薬を減らす、ミルクを増やす、小さすぎるけど、新しいものだらけで、マイナスからのスタートだった私達家族にはとてもとても嬉しい一歩一歩。今回は、ミルクの温度だった。具合が悪くなりませんように。苦しみが減りますように。そればかりを考えるこの頃の私達にはいつもいつもなにか当たり前のものが欠けている事が多かった。だから、温かさや心地良さをスッカリ忘れている。温かいミルクを飲む。そんな初歩的な幸せを考えて上げられてなかった。だから、単純に嬉しかった。『擢ちゃんはゆっくり飲んでる内にミルクいっつも冷めちゃうから』と、優しく看護師さんが教えてくれた。今までの横置き型のものと、その日からの吊り下げ型のものと、一体何が違うのか、そんな事は分からなかったけど、嬉しい。面会を終えて、ICUを出るとミルクの温度の話がどれだけ私にとって嬉しいかを彼に説明した。『俺はずっと気になってたけどね。』…と、こちらも見ずに一言。何気ない台詞だったけど、妙に覚えている。普段の下らない会話だったら、まるで違ったと想う。『ハイきた。シッタカー』などと、もしかしたらチャカしたかもしれない。でもその時は、ごく自然に、『ふーん… 凄いね。私全然気にもした事なかった。』と、返した。もの凄くもの凄く、心の中が微妙だった。男であり、父親である彼と母親の私の視点の違いを感じさせる台詞なのか。それとも私が必死すぎて、気づけなかったのか。いや、単に私は小さなことに気づけないのか。気が利かない。大雑把。天然。私がよく昔から言われる台詞で、言われる癖に気にも止めなかった台詞。むしろ、その位が丁度良い…と、都合よく受け取っていた。その単語が頭の中をグルグルして、落ち込んだ。