さよならは言わないで。
無事に運動会を終えた。胸がいっぱいになった。ちいさい子供たちが一斉に走ったり踊ったり、なんと健気でかわいらしいこと!「かけっこでいっとうしょうになる!」って目を輝かせ宣言していた息子だが、5人1組のどんぐりっこたちのスタートはもみくちゃで直後にトラックの内側に押しやられてしまう。一瞬、泣きそうな顔を見せたが、最後まで走ることをあきらめず、ゴール手前でぐぐーんと追い上げを見せて、2等賞!「いっとうしょうになるって嘘だった」とにこにこしながら戻ってきた。遅くてもいいんよ。一番いけないのは途中であきらめたり、泣いたりして、走るのをやめること。なんども言い聞かせていたので、嬉しかった。「あきらめなかったね」と坊主頭をぐりぐり。3歳の息子が、この春から通いはじめた幼稚園。年少、年中、年長さん全部でわずか60人、全員が顔なじみのちいさなちいさなお寺の幼稚園。とってもアットホームな雰囲気の中、息子もこの半年ですっかり自分の居場所を見つけ、家の外にできたお気に入りの空間を何よりも心強く、うれしく思っているのがわかる。毎日顔を合わせる先生やお友達やそのお母さんやきょうだいたち。慣れ親しんだ通園までの道、教室の自分の机とイス。園庭のすべり台やぶらんこ。親しい人とモノに溢れた場所。生まれて初めて属した社会。残念なことに息子は、来月にはこれら全てを手放さねばならない。夫の転勤が決まり、急遽、引っ越すことになったのだ。このことをいつ伝えるべきか、ずっとずっと悩んできた。まだ3歳だし、うまくだましてフェードアウトさせようかと思ったりもしたが、運動会の1週間前に意を決し「運動会と遠足が終わったら、幼稚園とお別れしなくちゃならない」と告げた。包み隠さず理由もきっちりと説明した。息子はすぐさま、事の重大さを理解し目にいっぱい涙をうかべ「いやだ!幼稚園がすき。お別れしたくない」と必死に抗議した。「ぼくがいかなかったらせんせいがしんぱいするよ~」「いやだいやだ。ぼくのつくえやおいすはどうなるの! おともだちにもう会えなくなるのはさびしいよ~」もっともな理由も次々と言葉にした。そしてついには「けんちゃーん、たいちー!」と仲良しの友達の名前を天を仰いで呼びながらぐちゃぐちゃになって泣き続けた。まさかここまで人との別れに感じ入ることができるようになっていたとは!鳥肌が立つ思いだった。春から息子と一緒になって慣れない新生活を親しいものにしてきた私もたちまちに胸がいっぱいになり、息子を抱きしめておいおいと号泣した。30分くらい一緒に泣いただろうか。恥ずかしながら、息子の方が先に泣きやんで「おかあさん、いつまで泣いてるの。もうわかったよ おとうさんとおひっこししよう!もうなーんともないよ」とケロッと言い放ったのである。それから運動会が終わるまで、息子はびっくりするくらい普通に幼稚園に通った。そしていつもと同じように楽しそうに帰ってきた。運動会を終えた今朝になって突然「もう行きたくない。はやくお引っ越ししたい」といって泣いた。あと3日通い、4日目の9月30日に芋掘り遠足がある。「えんそくは行くけど、ようちえんはもう行かない。 ぼくのつくえやおいすはもう捨てる」泣きじゃくる息子と園まで歩き、無理矢理先生に託して帰ってきたが、息子の気持ちが痛いほどわかる。でもどうすることもできない。別れはさびしい。本当に。大人になっても、別れはついてくるもの。でも別れがあるから、また新しい世界もひらける息子が生まれて初めて経験する別れの涙のことを、ずっと忘れずにいたい。