33時間
息子のいない33時間は、あっという間にすぎた。朝8時に送り出した後、その余韻にひたる間もなく急いで家に戻り、どたばたと弁当づくりをしたキッチンを片付け、洗濯をし、いつもより念入りに化粧をし着替えをして外出。この春から少しだけテレビレポーターの仕事を再開することになった。この日は引継ぎのため、前任者のロケに同行し仕事の内容を確認するという大事な約束があった。終わりの時間を気にせず仕事に集中できる、きょうのような日は滅多にないこと。とはいえ、わざわざ先方に頼んで合わせてもらったわけではなく、たまたま言われた日にちがきょうだったのである。不思議なグッドタイミング。縁を感じてしまう。久しぶりに味わう、現場の雰囲気。プロデューサーは顔なじみだったせいもあるかもしれないがディレクター、カメラスタッフ、そして前任のレポーターの方みんな初対面にもかかわらず、なぜか昔から知っている人たちのように懐かしい感じがして、すぐに打ち解け、楽しかった。そうそう、こんなふうな毎日だったよなぁとすでに6年がたっているというのに、時計の針があっという間に戻ってしまったような不思議な感じがした。取材先は北九州。途中でみんなでお昼を食べ現場で、約3時間の撮影が続く。終わって、社に戻ったのが、午後5時。普段の私だったら、今頃キッチンで忙しく、夕飯を作っている時間だが、局内ではまさにこれからだといった雰囲気でみんな忙しく、電話したり、パソコンに向かったり走り回っている。同じ5時でもところかわれば、別世界。そうだ。私もあの頃の夕方5時は、6時半からの生放送に向けて、鬼のように忙しく、いつもハラハラドキドキだったなぁ懐かしい同僚の顔が見え、デスクの隣に座ってみる。そう、今回の仕事は彼女がとりもってくれたのだった。子育てをしながら、こういう世界で働くのはとてもとても勇気のいることだ。なかなか二の足がでない私の背中を押してくれた彼女にも実は小さな子供がいる。朝から夜8時まで会社近くの保育園に預け、上手に育児と仕事を両立させている彼女がいたので、私もちょっとだけやってみようという気になった。幸い、フルタイムの勤務ではなく、週に1~2回カメラクルーと取材先に向かい、リポートをするという恵まれた条件だったから。息子の通う幼稚園の延長保育をうまく利用してやってみようということになった。契約などをすませて、家に帰ったのは、午後7時前途中、デパ地下によって二人分の弁当を買い帰宅して、夫とぱくついた。せっかく息子もいないし、飲みにでも行きたいところだったがとにかくヘトヘト。「まきは泣かんでがんばりようかな」「ちゃんとご飯たべたかね」そんなことをポツリポツリ話しながら、弁当を食べ終える。翌日の迎えの時間は17時。まだまだ時間はたっぷりあるぞ今しかできないことをやろうやろうと、意気込みだけは十分でまずは部屋中念入りに掃除機かけた後はHDDにたまっていた録画をチェックしたり、どうでもいいことに時間はすぎ、なんとなく落ち着かず。やっとのことで、午後から書作に集中できた。墨の芳香でここちよくなり、効率もアップさぁこれからだという時に…はたと時計を見て!!!まもなく5時になろうとしているではないか。ドタバタと迎えに行く。けれども夕方のラッシュでバスがなかなか到着せずかなり待った。バスから息子はどんな顔をして降りてくるのだろうか。33時間ぶりに会う息子に興味しんしん。聞きたいことが山ほどあった。ようやくバスが着き、降りてきた息子。「ただいまー!」と元気に笑顔で降りてくる理想のイメージとは程遠い、ふさぎこんだ表情だ。バスに酔ったらしい。しかも行きのバスでも、吐いてしまったらしい。あぁぁぁ。かわいそうに。思えば私も、バスによく酔った。あの独特の車内のニオイが苦手でトラベルミンという酔い止め薬が必需品だったことを思い出す。普段、車に乗りなれている息子は、そういうことはないと思っていたが甘かったか。いろいろ質問しても、返事が返ってこない。大きな小学生たちにまざっての集団生活。思うように行動できなくて、辛かったみたいだ。手にはしっかりと、弁当ガラの入ったビニールを握りしめている。捨てられる容器に入れてくださいと言われたからその通りにしていたのに。ちゃんと捨ててこいよ~バッグの中の着替えには一切手をつけていない。???みんなで風呂に入るとき、トイレに行きたくなったのでひとりで行って、戻ってきたら、仲良しの友達はもう風呂から上がっていたらしい。仕方ないので、ひとりで入って…どこも洗わずに、なんとなく上がってバスタオルで拭いて、脱いだ下着をまた着てしまった…らしい。あぁ…集団行動とはそういうものかもしれない。じたばたしていたら置いていかれる。気づかれぬまま、時間だけがすぎていく。5歳にはまだ酷だったかな。夜は、ちょっとだけ、さびしくて泣いてしまったらしい。初めて眠る二段ベッドが嬉しくて、小さい子はトイレに起こすのが大変だから下の段にと言われたにもかかわらず、どうしても上で寝たいと言い張り…これまた一人だけ、上の段で寝たという。ちょっとだけ、涙を流しながら。それでも、息子いわく目をつぶって、次に開けたらもう朝だった。とのこと。それだけ疲れて、ぐっすりと眠ったんだろう。弁当ガラをなぜ捨てなかったかと尋ねるとおかあさんがおにぎりにつけてくれた旗がもったいなかったからだと言った。ちゃんと5歳なりの理由でそれなりに頑張れた33時間。よかった。よかった。がんばったね。