秘密の串刺し
きのう、人生初の美容外科へと足を踏み入れた。
外見から自分を変えたいと切望する女性(男性も多いとのこと)が
人知れず通う病院。そう、ちゃんとした病院なのであるが
そこはどこか、秘密のベールに包まれたような不思議な空間であった。
不思議の国のアリスの世界のように、いくつも連なるドア。
すべて個室の診療室。丁寧なカウンセリングを受けたあと
小さな部屋の真ん中にぽつんと大きな椅子だけが置かれた処置室に入る。
椅子の脇には、なんだかよくわからない機器がいろいろ。
おとぎばなしに出てくるような銀色の装飾の手鏡が立てかけて
あるのがとても印象的である。
ひととおりを終え、手鏡を受け取るときの心境を想像する。
ほら、これが新しいわたし。悩んでいたあの頃にはもう戻らないわ
ぜったいに…!!
で、私は何をしに行ったのかというと、35歳を記念して
やってみようと思っていたことのひとつを実行しに!!
こう書くとますます盛り上がってきそうですが、この辺にして。
なんのことはない、両耳にピアスの穴をあけてもらいに
行ったのでした。
ああ、ピアス。親からもらった体に穴をあけるとはケシカランを
免罪符に、でも単純に、あの串刺しの耳が痛そうで怖くて
ずっと避けて通ってきたピアス。
でも本当は少し憧れていたピアス。
私の耳たぶはもともと薄くて、イヤリングがいつのまにかスルリと
抜け落ちる。20代の頃から、これまでにいったいいくつ失くして
しまったことだろう。片方だけのイヤリングが溜まっていくうちに
嫌になって、イヤリングをまったくしなくなった。
でもこの間、仕事で宝石店に行ったとき、ダイアモンドが上品に
揺れるピアスに一目ぼれ。きれいだなぁ。こんなのつけてみたいなぁ
と思い、35歳の記念に(ここがミソ)ピアスに挑戦することに
したのだった。
実は、20代の頃にも一度、そんなふうに思って、薬局で
ピアッサーを買ったことがある。ホッチキスみたいになっている
穴あけ機で、自分でパチンとやるあれだ。
でも結局、できなかった。根性なしである。
今回は、いい大人なんだし、ちゃんと病院を選択した。
皮膚科とかいろんなところでやってみらえるみたいだが
なんとなく美容外科を選ぶ。
かくして、小さな処置室の真ん中の大きな椅子に座り
両脇に、青い手術着そのままのいでたちでキャップとマスクまで
した完全防備な看護婦(士)さんが、二人立ち、なにやら準備中。
いざ、そのときを待つ時間。めちゃくちゃ緊張した。
まずは右耳から
丁寧に氷で冷やして、消毒して、「さぁ、いきますよ~」
「は、はい ひと思いにお願いします」
「では、いいですか」
「はい。いいですいいです」
願わくばこういうときの確認は一度であってほしいものだ。
ぱっちーん!!
耳元で何かが弾けた。一瞬どこが痛いのかよくわからなかったけど
誰かに突然頬をはじかれたような、ぱっちーんという音にふさわしい
痛みがあった。
「ちょっと痛かったですねぇ ごめんなさいね」
「は、はい。痛かったですけど。大丈夫です」
だって自分で決めたことだから。自分では絶対できないことだから。
看護婦さんは何にも悪くないよ。
続いて左耳も同じように「ぱっちーん!!」
ああ、何度聞いても慣れない嫌な音だ。
背筋がぞくっとする。
とにかく終わった。無事に串刺し。
一ヶ月間、このファーストピアスという医療用のやつを
つけ続けて、穴を作っていくという。
憧れのダイアモンドが揺れるやつをつけられる日はそう遠くない。
いや、その前にあれを買わなくてはならない。
それがまた問題だ。
代金は消毒液も一緒に買って4200円。
想像していた金額よりも手頃だった。
レシートが一切出ない。秘密の会計システムに
なっているらしい。
「せっかくですので、お肌のお悩みなどは?」と
優しく問われたので、気になっている頬の日焼けシミの
ことを思わず打ち明けると
「それでしたら、レーザー治療で簡単に消すことが
できます。お顔全体に当てますので、お肌が一気に
若々しく、蘇ります。一度、お試しになってみますか」
とすかさず魅惑的なご提案を頂戴する。
思わず「はい」といいそうになったが
お試し価格1回36000円をチラリと見て、その言葉を
「いいですね 考えてみます」に変えた。
一度試して、良さそうなら、6回パックで18万円
でのご提供である。
高いか安いか。それでお肌の悩みが消えるのであれば…
とつい考えこんでしまう。
いやいや女性とはやはり面倒くさい生き物であるよ。
。