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祝祭男の恋人

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Mar 3, 2006
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カテゴリ:現実をめぐる冒険
 先日、急にノンフィクションとして書かれたものを読みたくなった。書斎から出掛けていって、その場所、その人、その状況を取材してきて、それからせっせと書かれたものを読みたいと思った。どうして急にそう思ったかは自分なりに追々考えるとして、まず、『ドナウよ静かに流れよ』大崎善生(2003年/文藝春秋)を読む。

 大崎善生という人は、将棋の周辺を書くことから出てきた人である。
 『将棋の子』という本も怖い本だったが、『ドナウよ静かに流れよ』は圧倒的な力がある。読み終えて二週間ばかり、うまく言葉にすることができなかったほどだ。
 
 
 〈邦人男女、ドナウで心中
  33歳指揮者と19歳女子大生 ウィーン〉


 2001年8月15日の朝日新聞朝刊に、こんな見出しで始まる小さな記事が載った。その記事からくる、ある違和感。それをノンフィクション作家は直観的に嗅ぎ取った。何か引っ掛かるもの、惹き付けられるもの、どうしても、もうひとつ見過ごしてしまえない何かがそこにある。

 〈ホームレス生活 遺書に「宗教団体に追われている」〉
 〈男性は指揮活動をしていなかった〉
 〈男性には、精神病院の通院歴があった〉
 〈娘は、あの男に殺されたと思っています〉

 幾つかの記事、証言を解きほぐし、また新しく一つに束ね、作家は19歳で死ぬこととなった一人の女性を頁の上に浮かび上がらせようとする。繊細や誠実や潔癖が絡まり合って、見えるはずのものが隠され、聞き取れるはずのものを掻き消し、次第に避けがたい最悪の結末に押しやられていく。

 ルーマニアの暗く、孤独な街に閉じこめられた女性と、そのようにしか生きられず、振る舞えなかった一人の男が出会うことで、見たくもないこと、聞きたくもないこと、そうであってほしくないことが一つ一つ確実に起こっていく。でも、同時にそこには二人にしか見ることのできなかった小さな世界があったのかも知れない。それは非力な希望である。作家は祈るように結末を書ききっていくけれど、暗く、怖く、冷たく、硬く閉じているものもしっかりと書いた。いや、作家が書く前に、それに近い現実、あるいはもっとむごいことは起きていたのである。二人の遺書は、怖い。

 「やるせない」という言葉を使いたくない「やるせなさ」が残る。
 「わずか19歳でその生涯を閉じた少女の人生の意味を証明してみたい」
という作家の原初の動機が果たされたかどうかは不問である。貴重な本だと私は思う。
 
 
  
 





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Last updated  Mar 4, 2006 01:53:40 AM
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