2/3 N響定期公演 (第2004回 2024年2月 Aプロ2日目)
NHKホール 18:00〜 3階右手 J.シュトラウスII世:ポルカ「クラップフェンの森で」op.336 ショスタコーヴィチ:舞台管弦楽の為の組曲第1番 交響曲第13番 変ロ短調 op.113 「バビ・ヤール」 バス:アレクセイ・ティホミーロフ オルフェイ・ドレンガル男声合唱団 NHK交響楽団 指揮:井上道義 今更記事。まだギリギリ先月の話...... この日は新国でエフゲニ・オネーギンを観た後の公演。久々ダブルヘッダー。オネーギンはあんまり楽しくはなかったので、予想外の口直しに......本当は、間に合わなきゃ前半はもういいや、と思ってたくらいだったんですけどもね。 ダブルヘッダーでも買っといたのは、井上道義が振るのと、メインがバビ・ヤールなので。井上道義、今年一杯で辞めると言っているけれど、N響はもう一回くらいあるのかしらね。今シーズンはもう無いから、来シーズン秋にでもやるのかな。 前半はJ.シュトラウス2世のポルカ。この曲、クラップフェンの森で、となっているけれど、実は元はロシア楽旅時にパヴロフスクで「パヴロフスクの森で」という題だったそうで。そういう繋がりだそうです。まぁ、ショスタコーヴィチの組曲も含めて、前座みたいなもんだな、と思って、なので元は聞けなくてもいいと思ってたくらいなのですが、これが意外とそれなりに面白かった。演奏が良かった、と言えばいいのか。締まった感じで良かったです。どうこう言うほどの話ではないですけれども。 で、後半はバビ・ヤール。バビ・ヤールは元はキエフ近郊の土地で、ここでナチスドイツが独ソ戦時にユダヤ人を虐殺した、という話に材を採った、反ユダヤ主義を糾弾する詩などに音楽をつけたもの。ん?じゃぁ歌曲?いやまぁ交響曲です。マーラーの大地の歌みたいなものでしょうか。14番よりはよほど交響曲。正直、これまで生で聞いたことあったかなと。多分初めてじゃないか。録音は何度も聞いてるんですけれどもね。 まぁ、正直言って、12月の千人交響曲なんかよりよっぽど良かった。演奏の密度が濃いというのか。正直、ロシア語は分かりませんし、逐語的に追っかけて聞いているわけではないけれど、独唱も合唱も「あ、ここが聞かせたいのだろうな」というのが感じられる。なんかね、千人も、オネーギンとかもそうだったのだけれど、何言いたいのか、言いたいことがあるのか、そういうのがピンと来ない歌だったなと思うんですよね。そういうのとは違う。 バスのティホミーロフはロシア人ですがタタールスタンのカザン出身だそうで。合唱のオルフェイ・ドレンガルはスウェーデンのウプサラの合唱団だそう。いわばマージナルな人達。井上道義には格別の政治的な思惑はないのかも知れませんが、バビ・ヤールは実はロシアがウクライナに侵攻し、キエフをミサイル攻撃して破壊したテレビ塔が立っていた場所なのだそうです。今では近郊というより市内なのでしょう。確かロシア侵攻時の報道の中で、ウクライナの大統領がテレビ塔が攻撃されたのを聞いて「奴らはバビ・ヤールをまた攻撃したのか」と言っていたのを覚えています。 バビ・ヤールの詩が反ユダヤ主義を糾弾する詩であるのは、単にナチスドイツの蛮行を暴いているからだけではなく、それが戦後もソビエト政府によって表沙汰にされなかったから、と言われています。似たような話はポーランドのカチンの森での虐殺事件というのもあって、これも戦後親ソビエト政権によって隠蔽されたという歴史がありまして。今の政治状況を見ると、反ユダヤ主義を糾弾する、というのもちょっとそうだそうだと言いたくならない状況ではあるのですが、結局のところ常に弱者を抑圧する者は居るし、弱者も自分の都合に合えば強者の振る舞いを拒絶しないというものなのでしょう。 そういう意味では複雑な作品ではありますが、考えてみれば、ショスタコーヴィチは定義的には立派に現代作曲家ということも出来るのだろうし、そういう意味では恐ろしく政治的で社会的な現代音楽をかくも高いレベルで制作した稀有な人、ということなのでしょう。それもまぁいずれ陳腐化するのだとは思うのですけれども。私はまだショスタコーヴィチが死ぬ前に生まれたような世代ですし、ヴォルコフの証言とかも読んだことあるけれど、そういうのもひっくるめて遠からず歴史の挿話レベルの存在になってしまうのでしょうし。 まぁそんなこんなでのバビ・ヤールですが、これも良かった。正直、オネーギンの口直しとしては上出来以上のものでした。本当、これ聞かないで帰るのとではえらい違いです。なんというか、音楽的に満足して帰ってきたのでした。 井上道義、本当にやめちゃうんですかね。格別好きな指揮者ではないけれど、ちょっと勿体無い気はします。どこかのオケとショスタコーヴィチ全集とか録音してもいいんじゃないかしら。もう全集は一応出した筈だけど。