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創意無限に、生きてみた。

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2008.01.29
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カテゴリ:カテゴリ未分類
日々何かに一々反抗する自分。情けなく格好悪い。
自分の感性を大切にする為に必要なものって何だろう。
否定することじゃなくて、素直に受け入れて、その源泉が何なのか、掬い取り解釈してやる事だろう。

頑張ろう、もいつもとにかく頑張ろうじゃなくて、明確な目標を伴った努力、それをこなす上での計画、とかが真実なんだ。
実際に必要なのって、才能とかセンスとか以前にまず、建設的思考なんじゃないか。
今更に気付く。しかし気付けた自分に感謝。
だから今すぐに、絵本の創作に取り掛かろう。難しい事は必要ない。ただ面白くってドキドキワクワクする心躍る、絵本。


『物事を創作する三本柱「娯楽性・哲学性・芸術性」重要度もそのままに順ずる。
まず、物を作るにあたり、それを受け取る人がいることが最重要。
其れがなければ、人に話せない妄想となんら変わりない事を認識せねばなるまい。
次に受け止めてもらえた上で、それを鑑賞してもらわなければどうしようもない。
そこで必要になるのが、人を魅了するもの。その際たるものが娯楽性。
ここでは人を魅了するもの、と広義で娯楽性を扱う。
それに対し、何ら異論はないだろう。しかし、哲学性を退けるには明確な理由がある。
人が物を創る、という行為は極めて特殊で、創作物にはもれなく創造者の思想というものが付き纏う。
それは多かれ少なかれ必然だ。故に、人に楽しんで貰えるように娯楽性を意識して創る中に気付けば思想は盛り込まれる。
だから、無理に押し込む必要は無い。無理強い、結果作品の魅力を失い人に鑑賞してもらえずでは本末転倒だ。
だから、娯楽性を確立した上での哲学性となる。
最後に芸術性だ。これは、創造者の感性を最も刺激する部分だろう。
しかし、実は最も地味な存在でもある。
芸術は作品を彩り、不変的なものにするのには欠かす事は出来ないだろう。
だが、芸術は非常に特定の部分をついてくる、とても幅の狭い世界だ。
そうなれば、自然な流れで優先度は下がる。
だからこそ、作品に芸術性を盛り込む事で、それは神格化されていく。
最も確立変動的な賭けに近いものでもある。
芸術は、不変のようで、確実に時代の波に飲まれる一つなのだから。』


芸術品を作るうえでは当然、三本柱の重要度は見事に逆になる。不思議。面白いものだな。






そういえば「ピアノの森」を見た。
原作ファンを裏切らないよう、裏切らないよう、大切に作ったのは非常によく伝わった。
台詞の一言一句や、台詞さえないキャラさえ原作に準じるなど、結構な努力だと思う。
まず、声優…という気もしない。酷い。神木もここまで堕ちたか、という感じだ。
昨今では当たり前のように酷い俳優紛いの人が声優までしているのだからこの作品に限ったことじゃないから目を瞑る。
しかし、CGの多用。これは残念以外なんでもない。
正直、なんだこりゃ。演奏シーン全部CGってどんだけ楽をしているんだろう。
確かに正確な演奏をしていたかもしれない。だけど、大事なのはそこじゃないだろう。
制作費の問題だろうが、なんともMADHOUSEに幻滅した。
音響も酷い。森の中で弾いたピアノが、何でステージで弾いたような響きを出すんだ。
もう少し、考慮して欲しかった。安い費用でいかに感動させるか、そこに注力した作品に見えた。
日本のアニメは、間違いなくCGアニメに食われる。
それはあっちゃならないだろう。伝統とかいう問題じゃない。
手書きの絵と、CGの絵、それくらいの差がある。

やっと宮崎駿の言ってる事が分かった。





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Last updated  2008.01.29 07:27:50



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