テーマ:詩&物語の或る風景(1049)
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原案・構成:わすれな草 著者:まめ吉 その店はすりガラスとオークの木で組まれていた。 気になって覗くといつも初老の男性ばかりで目があってしまい、入るタイミングを失う。 しかし今日は重そうなドアを開けてしまった。 「いらっしゃいませ」 マホガニーのどっしりしたカウンターには琥珀色の瓶がならび、 テーブルにはバラ模様の大きなポットがおいてある。 葉巻の甘いにおいに清涼感ある香りがからみついている。 ここはバーだとばかり思っていたが、 お品書きには聞いたことのない漢字が並び、 よく読むと中国茶ということがわかる。 欄外に秘伝のお茶ありと書かれている。 「これは何?」 「いちばん酔いのつよいお茶です。人によってはお酒より強くまわる方もいます」 「それ下さい」 「本当にいいのですか?強いですよ。それに・・・」 「酔いはつよいほうだし、酔って忘れたい気分だから。」 店主は心配そうに覗き込んだ。 「過去の嫌な記憶を消してしまうほど酔いがまわるんです」 「なおさらいい。忘れたいことは沢山有る。それにしてください」 店主はまだ何かいいたそうだったが、 強気のこちらの態度に引いてしまいカウンターにもどっていった。 しばらくして小さな急須とお猪口のような茶器がおかれ、店主が一杯注いでくれる。 ふわりと甘い香りがはなをくすぐる。 二杯目。すこし香りがつよくなり、三杯目は清涼な気に変化してゆく。 7杯まで飲めるといわれ、そのとおりにした。 なんとも心地のよい香りにつつまれ、だんだん脳がぼんやりと酔ってきた。 いつしか、目の前に捨てられた茶碗がみえる。 言い争っている声、バタンと激しくドアを閉める音、 教室のドアごしにひそひそ聞こえる声・・・ 思い出したくない光景が目の前をグワーンとまわりはじめる。 嫌だ嫌だと心のおくにしまって忘れていた記憶がぐんぐん廻りだす。 いやだいやだ何とかしてくれ・・・ つよく心で叫んだらふと明るい光がさしこみ、暖かい手がたくさんみえてくる。 そうだ、あれは皆に祝福されたときの手だ・・ 白い犬がかけてくる。すきだったとなりのモモちゃんの犬だ・・・ 乳母車の中をのぞいている緑の光の中で、暖かいまなざし・・・ いやな思い出の次にはこれまた忘れていた宝石のような きらきらした思いがどんどんまわっている。 幸せなきもちがよみがえった その記憶もどんどん走り去っていく。 まるでペンキでかいている絵のようにどんどんぬり重なっては 消えて回転がだんだん速くなる 「消さないでくれ!それはとっておきたい思い出なんだ!消さないでくれえ」 そのとき、瞬間に稲妻のようにガツンときた。 いやなことがあるからこそよい記憶がよりよいものに沈殿している。 なんで気がつかなかったんだろう。 ばかだった。 それがあるから今があるのに・・ すべてを消されてしまっては何もなくなってしまう。 そんなのは嫌だ嫌だ。嫌なんだーと叫んだ。 「大丈夫ですか・・・お客さん。立てますか?」 心配そうに店主がのぞきこむ。 酔って机に崩れていたらしくお品書きが落ちていた。 さきほどはよくみえなかった欄外のお茶の名前がうかびあがった。 「忘忘茶」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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