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詩人たちの島

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June 29, 2006
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カテゴリ:politics
「けだし料理の色合いはどこの国でも食器の色や壁の色と調和するように工夫されているのであろうが、日本料理は明るいところで白っちゃけた器で食べてはたしかに食欲が半減する。たとえばわれわれが毎朝食べる赤味噌の汁なども、あの色を考えると、昔の薄暗い家の中で発達したものであることが分かる。私はある茶会に呼ばれて味噌汁を出されたことがあったが、いつもはなんでもなく食べていたあのどろどろの赤土色をした汁が、おぼつかない蝋燭の明かりの下で、黒漆の椀によどんでいるのを見ると、実に深みのある、うまそうな色をしているのであった。」谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』の一節である。

先日、立川のノルテ、オリオン書房で立ち読みをしていた。そこにサイデンステッカーに聴くというようなタイトルの本が、源氏物語関係の書籍の中に混じっていた。インタビューしていた日本の学者たちの名前は忘れたが、サイデンステッカー先生が実に面白いことを述べていたので覚えているのである。それは、「谷崎先生の陰翳礼讃はハッタリです、私は熱海の先生の家に招かれたとき、陰翳礼讃に書かれてあるような家を期待していったのだが、全然違う。蛍光灯が明るく輝き、厠などもヨーロッパ式のトイレでした。先生にはああいうところがありますね」というような意見だった。実は上記に引用した部分は今使っている教科書のもので、日本料理の素晴らしさを漆の器や、室内の薄暗さ、陰翳との切ってもても切れない関係に求めたものだが、サイデンステッカーの忌憚のないことばが頭の中に残っていて、ウーン、谷崎先生、「どろどろの赤土色」などという表現はもしかして「本音」がポロリとでたのかも知れないな、などと思ったりした。本当は谷崎という人は味噌汁など一番似合わない人だったのでないか。また秋刀魚の匂いなども当然のごとく嫌いだったのではないか。彼は実に合理的な人で、明るさも暗さも、自らの理性でいかようにも「調光」できた人だと思う。だから、『陰翳礼讃』のような素晴らしい文章もかけたのだろう。それと彼が本当に「陰翳」を好きだったのかどうかは、まあ関係がないことと言っておこう。

礼讃に値するのは、ジダンの最後まであきらめない足が決めるシュートであって、別にフランスという「国」などではない。谷崎の筆が描き出す「陰翳」の豪華絢爛さであって、谷崎自身が比較している西洋料理や菓子と日本料理や羊羹との優劣ではない。谷崎は断固として西洋料理と菓子を差別するのだが、それは何の根拠もなく、ただ「白っちゃけた」という馬鹿馬鹿しい理由にすぎない。そういうことをすべて知っていて、彼はあえてこういうパフォーマンスをやったのである、と私は思う。読むに足りるのはその「陰翳」を作り出す文体の比類のないパフォーマンスである。残る価値があるとすれば、それだけだ。

谷崎訳源氏についての新資料などが出てきている。巷間に流布されていたのは、彼は源氏と藤壺の例の密通の場面を訳したかったのだが、時勢やこの訳の「監修者」のような役目の国学の権威であった山田孝雄大先生の圧力があり、できなかったというものだが、この新資料や研究によれば、そんなことは全然なく、最初から谷崎自身がそこは率先して削ったというものだ。さもありなん、と私は思う。谷崎はそれぐらいのことは平気でやるだろう。「圧力」や「政治」に迎合するというのではない、彼の明るさがすべてを「無」にするのである、あるいは「陰翳」にするのである。変な言い方だがそう思う。最初から彼は「国」や「権威」などとはいつも無縁なところに位置した人のような思いが私にはある。その位置取りの絶妙さというのを改めて考えてみなければならない。つまらないものは鼻から相手にしなかったのだ。

要するに、「美」の華麗なる「虚構」に生きるだけの体力と合理性を備えた、日本人には稀有な人というのが私の印象である。

ということは、今演じられている、「家族」の物語、これは「国」が作製したものだが、そこを破るのは、「虚構」をその物語に対置することである、ということになるのか。「真実」を争いあうのではなく、対立に終わるしかない創作された痩せた「真実」よりも、それらを、寛大に包み込むハッタリのような「虚構」を私たちは必要としている。

礼讃に値するのは、ならずもの「国家」や靖国詣でにだけ内心の自由を認める自称自由「国家」ではもちろんなく、そういう国家の段取りや思惑を越えたところで抱き合う人々の流す涙であろう。そういう「国家」を超えた連帯であるべきだ。





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Last updated  June 29, 2006 09:35:29 PM
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