It was my thirtieth year to heaven
Woke to my hearing from harbour and neighbour wood
And the mussel pooled and the heron
Priested shore
The morning beckon
With water praying and call of seagull and rook
And the knock of sailing boats on the webbed wall
Myself to set foot
That second
In the still sleeping town and set forth.
Dylan Thomasの「十月の詩」の最初のスタンザから。
「それは天国への30年目の年だった
港から近くの森から、貽貝の溜まり場や青鷺が
僧侶のように立立っている浜辺から
水の祈りと
鴎と白嘴鴉の鳴き声と
網の張られた岸壁にぶつかる出船の音とで
朝が手招くのを聞いて ぼくが目を覚ましたのは
そのときすぐに ぼくは
まだ眠っている
町の中へと足を踏み出し 出かけて行った」
これを引いたのは、今日が自分の「天国への59年目の年」に
他ならなかったからにすぎない。
Dylanの昂揚と「始まり」の意識からはとおく見離されてしまったが、
それでも何かへむかう期待がすべてなくなったわけではない。
明日から見て、今日が自分の
It was my fifty-ninth year to heavenと言えるような
展望をつくりたい。
Dylanは1953年の12月に旅先のニューヨークの病院で39歳で亡くなった。
アルコールだろう。彼よりも20年、ぼくは生き延びたわけだ。