詩人たちの島

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• we're just glad God saved us.

  East of Jamaica, in neighboring Haiti, flooding destroyed at least two houses and damaged a dozen more, but people expressed relief they were spared further catastrophe in a year that has already brought a bloody rebellion and deadly floods.``First we had a political hurricane, then an economic hurricane, and now with the natural hurricane, we're just glad God saved us,'' said Jude Vante, 32, an unemployed mason in low-lying Les Cayes, on the southern peninsula.ハリケーンIvan関係の記事を見ていると、こういう発言があった。最初に政治的なハリケーン、次に経済的なハリケーン、そして今度は本物の自然のハリケーン、ただ神様が救ってくれたことを喜ぶだけだよ。ここから出発すること。この３２歳の非雇用の石工のようにお前は語ることができるか？そして立ち上がれるか？

  September 15, 2004

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• it’s a matter of survival.

  ボンヤリしているときに、時々Paul AusterのThe definitive Web siteと名打たれたｈｐを覗いている。もと教え子のヒロコさんから教えてもらったサイトだ。しかし、Auster 本人の最新の発言が読めるわけではない。いわばPaul Austerの研究者たちやファンのサイトであるようだ。私はただ表紙をながめるだけだから、ヒロコさん違っていたら訂正してください。でもそこには頬杖をついたPaul Austerの恰好いい写真と、彼の言葉が載せられている。その言葉を読んで、私は「頑張ろう」と思った。その言葉は私を勇気付ける。Writing is no longer an act of free will for me, it’s a matter of survival.こういう思いで、私は恥ずかしげもなく、これからも書いていこうと思う。この言葉の背景や文脈は知らない。でも、この言葉は書くことに迷っているものを救ってくれる言葉だ。

  September 14, 2004

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  人民の敵

  昨日のＮＨＫの番組。アシュケナージが祖国ロシアで「独裁者と芸術家」という特集で、スターリン独裁下のショスタコービッチなどの苦難をとりあげつつ、彼（ショスタコービッチ）が生き残るためにせざるをえなかった苦汁の妥協の産物である映画音楽を、アッシュケナージ自身が指揮をして観客とともに考えるというようなコンサートの映像があった。映画は「ベルリン陥落」という有名なもの。「解放」したベルリンにスターリンが訪れる（まさに彼が解放したという設定）。スターリンのそっくりさんが演じている。連合軍はじめベルリンの人民から嵐のような歓迎で迎えられるというもの、みんな涙を流して父なるスターリンの偉大さを賞賛するというデタラメな映画だが、この音楽をショスタコービッチは作曲せざるをえなかった。彼はそれまでの活動が抽象的であり、「形式主義」であるというレッテルを貼られ、あと一歩で「人民の敵」という烙印を押されそうになっていたのだ。アシュケナージはこの映画音楽の凡庸さをあえて取り出すかのように演奏させた。そのことでアシュケナージが言いたいのは、ショスタコービッチの全体を考えてほしいということだった。独裁者のもとで生きざるをえない芸術家の生とその作品は一体どのようなものか？また、いかに理解したらいいのだろうか？自らが亡命を選んだロシアのピアニストであるアシュケナージにしてはじめて可能な企画であり、それゆえ緊迫感の漂う番組であった。オシップ・マンデリシタームは「クレムリンの山男」という痛烈なスターリン批判の詩を友人たちとの会合で朗読した。このことが漏洩すれば、彼は文句なしに「人民の敵」として銃殺されるか、シベリアに送られるかすること必定の事件だった。一年後彼は逮捕された。密告があったということだ。こともあろうに取り調べのときにオシップはわざと、数編の自作のスターリン批判の詩を取調官のまえで諳んじてみせたという。アシュケナージによればこれは死を覚悟の抵抗であった。シベリアに送られ、そこで死ぬ。彼の死骸は数日間放置され、それから穴に埋められたという。こういう芸術家もいた。ショスタコービッチのように妥協しながらも、フルシチョフの「雪解け」まで生きて、交響曲１３番でスターリン批判をエフトシェンコの詩とともに展開しようとした男もいる。しかし、これは初演のみ許可されて、エフトシェンコの詩は書き直しを当局から命じられたという。ショスタコービッチの奥さんはまだ生きていて、この交響曲の完全な版を出版したいという意向を述べていた。2006年の彼の生誕百年をめどに。ロシアという広大な国。文学と音楽とあらゆる芸術の母国のような国。国というようなカテゴリーでは計れない大地。魂と魂が触れ合うドストエフスキーの小説空間をもってしてはじめて想像可能なような偉大なる大地。今日のテレビでプーチンがＧＰＵあがりの陰険さを露骨に出して、地方の自治体（自治国）の首長を今の公選制から任命制にするなどという「独裁者」然とした決定を下したことが報道された。ＮＨＫの大嫌いな７時のニュースのアナウンサーが言うところによると（もちろん、彼はただ原稿を読んでいるに過ぎないのだが）ベスランの事件などにより、地方の民主主義的なあり方よりも中央集権的な管理を選んだということらしい。「テロとの闘い」はプーチンという「お尋ね者」（あちらがわも彼に賞金をかけている）をいつのまにか昔のような「独裁者」に祭り上げる危険性も含んでいる。プーチンの自重を祈るのみ。今日は朝刊の休刊日。夕刊の第一面で朝日新聞は「米ヘリ事故・３万人抗議」の見出しのもと昨日の宜野湾市民大会の記事を載せている。「市民」が３万人も集まって、「道理」にかなわない米軍と日本政府の対応に抗議しているのである。日本国中で「市民」はここにしかいないのではないか、そんなことを考える。自らの意思をはっきりと表明できる「市民」がいてこそ、悪夢のような「独裁者」の時代を拒むことができるのではないか。簡単な論理のように思うが、その論理がなし崩しにされて、利害をはらんだ「現実」の複雑さの前で脅えているのだ。意思し、表明すること、それを「政府」や「当局」に義務として履行させること、そういう元気を宜野湾からもらうこと。 市民大会に参加したKANA同人たち（from left to right） 河合民子、真久田正、後田多敦、高良勉

  September 13, 2004

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  宜野湾市民大会

  【宜野湾】沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落に抗議し、普天間飛行場の早期返還を求める宜野湾市民大会（主催・同実行委員会）が十二日午後二時すぎ、同市の沖縄国際大学グラウンドで始まった。普天間飛行場の早期返還を訴えようと、大勢の一般市民や各種団体などが詰め掛けた。実行委員長の伊波洋一市長は「二度と私たちの住宅上空を米軍機の訓練場としてはならない。市民の声を一つにし、事故が再び起こらない宜野湾市をつくっていこう」と宣言。児童・生徒やＰＴＡ、老人クラブなど各世代の代表が意見表明し、大惨事につながりかねないヘリ墜落への怒りをぶつけた。―「琉球新報」速報より９・１２沖縄の友人たちも参加した市民大会のことが今晩のNHKのテレビのニュースでも簡単に報じられていた。約３万人が結集したというから、すごい。宜野湾市の若き市長伊波洋一氏ははっきりとsaco合意の見直し、すなわち普天間飛行場の辺野古沖移設を見直すべきだと述べている人である。私は自分の直感にすぎないが、伊波洋一はこれからの沖縄をリードしていく政治家になるにちがいないと思っている。この人が朝日の「私の視点」欄に書いたヘリ墜落に関する記事もそうだが、このような市民大会を組織できる実行力もふまえて、そう考える。従来の利権がらみの政治家とは異なり、沖縄の未来に対して斬新で根底的な構想力をもった若い政治家の誕生という気がする。彼のこれからの発言とその指導力の発揮を見守る必要があるだろう。もちろん、この大会に参加した、本当の意味での主権者・市民たちとのねばりつよい共闘があってはじめて沖縄の「基地問題」の抜本的解決と沖縄のあるべき未来のデザインが可能になる。いやなこと（ニュースや政治の動き）ばかりが多い日々だが、この市民大会の成功は相も変らぬ中央政治の無策や傲慢さに対する明確な頂門の一針として心に刻まれるべきものである。

  September 12, 2004

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• 炎上する沖縄

  9月７日の沖縄タイムスの「米軍ヘリ墜落・炎上する沖縄で考える」という連載エッセイの７回目に沖縄の友人で作家の河合民子さんが寄稿したものが載っている。それを読みながら考えたことを以下に書いてみたい。今回のヘリ墜落に対する米軍への応接の相も変らぬ日本政府の腰砕けのそれに対しての怒りからこのエッセイは書き起こされている。そこから河合さんが得た問題意識は「われわれ沖縄人は日本人であるのか」というものである。―　…国民の生命と権利を守るのが最大の使命であるはずの小泉首相は、涼しい顔の夏休みのさなかだったという現実があった。誰かが言っていた。事件に対するヤマト・サイドのあまりの無関心に「反日」感情が持ち上がってくると。つまり、こういう感情が私にも「われわれ沖縄人は日本人」であるのか、問いかけたのだ。―ちょうどヘリ墜落の後の８月２２日に「対馬丸記念館」が開館した。「対馬丸」はトカラ列島の悪石島沖で米戦水艦ボーフィンの魚雷攻撃を受けて沈没した沖縄の学童疎開船だった。学童775人を含む1418人が犠牲になった。その日は1944年8月22日である。午後十時過ぎのこと言われる。真珠湾の奇襲攻撃を受けた米軍は日本商船を含む民間船への潜水艦による無差別な攻撃を始めた。その余波としてこの惨事もあったのだが、河合さんは次のようなエピソードを紹介している。―　海を漂っていた生存者は奄美の人たちに助けられたが、すぐに憲兵に引き取られ鹿児島まで連れていかれた。奄美で瀕死の体力を回復させる必要もあったと思われるが、過酷な移動をまたも日本軍は強制したのだった。そして、鹿児島の港で縄を張られた中にいる自分たちを遠巻きに見ている人たちの視線にやっと気がつくと、自分が哀れになって号泣したと語っている人がいた。そんな惨めな気持にさせた人たちがいた。国に捨てられた人たちの何とつらい体験だったのかと私は今度のヘリ墜落事故を振り返っていた。―ここまで書き写していると河合さんの怒りと悲しみがこの私にもはっきりと伝わってくる。ヘリ墜落と対馬丸撃沈を重ねたとき見えてくるものは何か。要するに日本政府や日本軍の「道理」もなにもありはしないその場しのぎの政策が強いる「棄民」にすぎない。しかもそれが集中して何の歴史的反省（こういう言葉は彼らには無縁だが）もなしに、個別的に「沖縄」に向けられているということだ。しかし、ここでこのエッセイは終わりはしない。ここからが河合さんの言いたいことだろう。―　琉球史を振り返ると、大きな節目が四つあるだろう。一つは徳川幕府の幕藩体制へと実質的に組み込まれた第二尚氏初期の島津の琉球侵略、二つ目が明治政府による首里王府解体・琉球処分によるヤマト化政策、三つ目が第二次大戦の本土決戦への「捨て石」と位置づけられた沖縄戦の敗戦による米軍占領、そして日本本土復帰。そのたびに「沖縄アイデンティティー」が叫ばれたのだろう。誰がそれに対して明確に答えただろうか。現代誰か「沖縄アイデンティティー」をちゃんと説明できるだろうかといつも思う。―河合さんは、この「沖縄アイデンティティー」にアンヴィバレンツな意味合いを込めているのではないかと私は思う。それは沖縄の「はえぬき」の人にしてはじめて分かるような気持でもあろう。彼女はそのようなアイデンティティーを理想の形で発揮した政治家として琉球史の中から「蔡温」を挙げる。蔡温のような「しなやかな」政治家にしてはじめて「沖縄アイデンティティー」ならぬ「琉球国アイデンティティー」の主張が可能であったという。次のように彼女はまとめる。―　今回の事故はそういう主権がどこにあるのかという矛盾を沖縄県民へと露呈したものだったと思っている。―この一文を私なりに解釈すれば次のようになる。日本国政府は全く変わらぬ「捨て石」政策で今回の事件をも葬ろうとしている。主権が国民にあり、従って沖縄県民にあるのは「道理」であるはずだが、そこから発想していき、「国」というものが国民すなわちその一員である沖縄県民の意思のもとにあると考える政治家は日本国にはいないし、残念ながらここ沖縄にも昔の蔡温の意を体してこの苦難を乗り越えようと県民に語りかけることの出来る政治家も見当たらない。そういう意味で「主権」とは何か、それは実は私たち県民・「国」民に「在る」べきはずなのだが、ヘリ墜落事件の諸対応を見ていると、そのことをまたしても隠蔽し、裏切ろうとする政治の動きが、主権がどこにあるのかという矛盾をとりわけ明確に沖縄県民へと露呈するのだ。だから次のように県民ははっきりと言う権利を保持する。―　沖縄戦でひどい目にあった沖縄県民だ。今回の事故に対して大きな声で「米軍は沖縄から出て行け」というべきだろう。私たちは先祖伝来の土地に住んでいるのだ。どこへも逃げられない島へ住んでしまった人たちだ。そして、私たちの島はいつからこんなにヒステリックなものへと変容したのか、ここをよく考えてみたいと思っている。人は祈るものだ。なにを思って祈るのか。それは先祖から受け継いだ「生命」を未来へと渡していけるように、とまず祈るのだろう。だから、「もう誰も殺すな」と、「戦争は嫌だ」と、私たちは次の世代の沖縄の人たちのためにも、大きな声で言おう。　―　河合さんのエッセイはこの断言で終わっている。私は私なりの理路でこのエッセイを読んだ。それしかできないからだが、そんな私を河合さんは許してくれると思う。「私たちの島」を「ヒステリック」にしたものは誰なのか。この問いかけの重さに私は言葉を失う。12日に沖縄国際大学のグランドでヘリ墜落への抗議のための市民集会が開かれるという。台風18号の襲来で延期になったものだ。そこへは参加できないが、河合さんのエッセイを読むことで沖縄のみなさんと一緒に参加し私の抗議の意思を表明する代わりにしたい。

  September 10, 2004

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• どうでもいいこと？

  石原閣下の発言、「天皇に私人として靖国に参拝してもらいたい」コメント：天皇を「私人」と言い切ったのは評価に値するが、「私人」が靖国にお参りしても効果はなかろう。あくまでも「天皇」という私人でも個人でもない歴史的な亡霊としての存在が必要なのである。これには撞着があり、宮内庁は拒否した。宮内庁の見解は正解である。しかし、この「私人」という石原閣下の発言はもっと評価さるべきである。この論法でいけば、「まさ子」様の離婚なども簡単にできるからだ。ということでこの発言は百点満点の５０点！石原閣下もう少しがんばれば及第だったのに。（６０点以上を及第とする）渡辺閣下の発言、皇太子杯というものをつくり、ニホンシリーズのあとなどにやればいい。コメント：独創性なし。天皇杯はサッカーにあるが、それから類推して皇太子杯をプロ野球になどという根性も情けない。石原閣下やこの閣下は人々を完全に見くびっている。そして畏れ多くも天皇一家をも非常に見くびっている。自分の都合により「個人」にしたり、名誉職にしたりするのでは天皇家もほとほと嫌気がさすにちがいない。それでなくとも自分たちの「家族」のことで真剣に悩んでいるのに、この蝿のような石原とか渡辺とかいう男たちのなんと身勝手で情けないことよ。宮内庁よ、こういう幕末に生きているような時代錯誤の志士気取りした愚かな連中の言うことなどに耳を貸すな。渡辺閣下の発言はもちろん落第。こういう発言に接すると非常に疲れます。石原閣下は言いたい放題ですね。この発言に対してどんな新聞が反論を提起しているのでしょうか。ただ伝えるだけです。いつからこうなったのですか？「こうなった」は次に「どうなる」のでしょうか。しかしよくもこういうことが言えますね。もし真正右翼がまだこの国に生き残っていたとしたら、石原閣下の命は危ないんじゃないですか？老婆心ながら心配します。アイロニーのかけらもない馬鹿な発言だ。みんな馬鹿になりましたね。台風よ、おまえの力でこの国のお坊ちゃん某宰相や知性のかけらもない某知事や辞任に値する覚悟も何もない某元オーナーなどを懲らしめてほしい。そのために我が陋屋が吹き飛ばされるとも。この国に人間の品位とはどういうものかを教えてくれ。(これは言い過ぎ、いやだよ、どうしてこんな情けない連中のために、いくら陋屋であっても日々を真面目に生きている人の家が飛ばされなければいけないのか。台風よ、心してピンポイントで、この傲慢な人々の豪邸を壊滅してくれが正解）

  September 7, 2004

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• 居酒屋レキオス

  国際通りと沖映通りが交わるところ、三越デパートのほとり、スターバックコーヒーを横切ったところ。三越やスターバックには縁がないが、私が行くのはそこにある沖縄一の居酒屋「レキオス」である。ビルとビルの谷間にあるから、あわてものは見落としがちになるかもしれないが、その谷間に、夏であったならば涼風が吹きぬけるような感じ、あるいは「しもうたや」みたいに新興のビル街などに超然とした風格を感じさせる造りの家がある、そこが「レキオス」である。五時には開くから、国際通りの喧騒に疲れた心と体を休ませるには絶好の場所だ。国際通りにあるのだから、こんなところにこんな静かな店があるのかと驚くにちがいない。格子戸みたいな引き戸を開けて入る。中は意外に広い。ややあって、特徴のあるスカーフ？をつけた物静かな美人が、アルトで「いらっしゃい」と迎えるだろう。空いているならカウンター席に坐るもよし、奥のほうの座敷席に坐るもいいだろう。しかし、どこに坐るかは客が決めるのではなく、お店がきめるのだという常識をわきまえつつである。右手のトイレ前の暖簾には山之口獏の詩を染め抜いた紅型が使われている。なじみの客で、この詩の仮名遣いの誤りを指摘する文学通などと運良くあなたが遭遇することができたならば、もうここは別世界である。大和の塵を祓いたくて、何度もこのお店に飲みにくるという「リピーター」もいる。かくいう私もその一人だが、私なぞはまだまだ初心者である。２回目の訪問のとき、すこぶるつきの美人とカウンターで隣り合わせになるという光栄に浴したが、彼女は静岡から来たといい、もう十回ほどの訪問であるとのたまった。独身貴族であるが、しかしすこしも嫌味のない素直な女性であった。また、ややあってもう少し低いアルトの女性が力強く登場する。何を隠そう、この人が居酒屋「レキオス」の女主人である。颯爽とした物腰、承れば昔日の高校生時代、体操部だったとの由、むべなるかな。優柔不断、生半可、巧言令色をもっとも嫌うが、底には沖縄の海のように大らかな心をたたえている。これも運がよければの話だが、あなたは女主人と文学・政治・倫理社会・その他の話題で盛り上がることも出来るかもしれない。40度のクースーは甕のなかにたたえられ、これは美味すぎて、杯を重ねているうちに前後不覚になることは必定だから、心して飲まなければならない。初心者は適正な値段の泡盛（銘柄を忘れたのが残念）をボトルで頼めばよい。これも十分に美味いし、十分に酔える。ここは単なる居酒屋ではなく、料理が抜群である。料理だけを堪能しにくる地元の人々もいるほどだ。私の舌はこころもとないが、まずお勧めは各種のチャンプルーであろう。なかでもフー・チャンプルーを絶品とする。私なぞはこれを肴代わりにしてエンエンと泡盛を飲んでいる。あれはなんと呼ぶのか、私の荒れ果てた胃をなだめるかのごとく甘美に溶けていったのは、イカスミのおじやであった。これは最後の品として酒飲みがお店の終業時間前に絶対に頼むべき料理であろう。いつの間にかお店は客で一杯だ。みんなの顔が輝いている。おいしい料理にまさるものはない。苦労も憂鬱も怒りも哀しみも、その料理を通して違うように見えてくる、いや味わうことができるものになる。魔術だ。それに美味い泡盛。私は私の永年の友で下戸である男を、このときばかりは気の毒にもあわれにも思う。彼は一つの喜びしか味わえないからだ。でも二つは贅沢だと彼は決して言わないだろう。さあ終業だ。私は運がよければの話だが、獏の仮名遣いの誤りを指摘した男と女主人と一緒に、今夜は那覇の寂しい場末の雰囲気に満ちた店をも味わうことができるだろう。（台風で鬱屈したであろう那覇の友人たちに笑ってほしいと思い、以上の戯文を草するのみ。妄言多謝）

  September 6, 2004

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• a zero-sum game

  去年の10月に早稲田で行われた講演だが、フランスの思想家ジャン・ボードリヤールのそれを読み直してみた（雑誌「世界」所収・掲載号の年月日などは忘れた。その部分を切り抜いていただけなので、訳は塚原史）。９・１１以後の世界の状況について、彼は次のように述べている。―　事実、われわれは極端な状況を前にしています。それは敵対的で、発作的で、逆説的な状況であり、全面的な交換と不可能な交換が同時に成立する状況でもあります。全面的な交換は不可能な交換（ボードリヤールの用語としては、等価物を失った世界で近代以降の等価交換を挫折させるタイプの交換）を終わらせはしません。むしろ、その反対です。グローバル化のプロセスは極限にまで行き着くと、行き止まりの袋小路に到達します、パワーという不可能な交換、コミュニケーションの過剰の中での、個人間の不完全な交換です。…（中略）つまり、パワーのグローバリゼーションそのものの中で、パワーのゼロ地点が生じるのです。グローバリゼーションは対立の中和と、対立の解消と、全面的等価性の企てなのですが、それはいわば端数を切り捨てた秩序です。総和ゼロ（ゼロ・サム）の等式では、すべてが等価になります。テーゼとアンチ・テーゼが互いに解消し合い、乗り越え合って、ジン・テーゼの総合へいたるという弁証法は、終わりを告げます。今後は、あらゆる対立項が、肯定と否定が、すべての現実の均等化をもたらす過程でたがいに打ち消しあうのです。もっとも、実際には、このような中和作用は、まだ決定的なかたちで起ってはいません。プロセスはたえず停滞していますが、実際に、弁証法的解決がもはや存在しなくなれば、両極端のパワーの急激な上昇が起り、（ゼロと無限の）両極の潜在力はどちらも強化されるでしょう。グローバルなパワーとテロリズムとの敵対関係についても同じことが言えます。もはや和解は不可能なのです。敵対する力（フォース）の間では、停戦も、全面的な秩序がもたらされる可能性も、けっして存在しません。思想の場合にも、停戦はありえず、思想は停戦にはげしく抵抗しています。言葉の強い意味での出来事の場合にも、停戦はありません、せいぜい、出来事はしばらくの間ストライキを起こすことがあっても、ある日突然、再び不意に出現するのです。このことは、ある意味で、われわれを安心させます。善の帝国は、敗北させられはしないとしても、やはりたえず挫折する定めなのですから。　　　　　　　　―ボードリヤールは彼にとっての「出来事」の理想型を68年の５月革命においている。彼によると「68年型の出来事」とは「歴史的理性の外部で生じる、歴史的概念に分類できない、予測不可能な波乱に満ちた展開を特徴づける」ものである。しかし、この出来事は「建設的な無秩序」、その限りではある意味では近代性のもつ普遍的な価値との連続性を破壊しながらも保持している「出来事」であったと私は考える。しかし９・１１を含む「出来事」はグローバルなシステムの保全のために、システムが強制的に捏造しては悪魔祓いのように祓い捨てる「出来事」である。「パワーのグローバリゼーションそのものの中で、パワーのゼロ地点が生じるのです。」と彼は述べるが、むしろ、このゼロ地点をたえず生産する、言い換えれば「不可能な交換」を強制するように「全面的な交換」という世界システムが加速しているのではないだろうか？そのシステムの内部で痙攣的に散発的に「出来事」が起る、その「出来事」とシステムの和解はありえない。システム自体が崩壊しない限りは。しかし、それは可能なことではない。われわれはそのシステムの中で生きているのだから、その外部に出ることは不可能だ。ではどうすればいいのか？これは夢想である。われわれ自身が、われわれの使い物にならない「内面」などに固執することなく、われわれの日常で、小さな「出来事」となるように企てること。常に「善の帝国」やノスタルジックな「歴史と過去の復権」のたくらみに逆らうような「出来事」自体に変貌すること。これでは何かを言ったということには勿論ならないが、また「内面」についてのポストモダン的な表現などが鼻につくのだが、今日の私の感想としておこう。沖縄は台風が上陸したらしい。河合さんのお店も今日は休みだそうだ。年中無休なのに残念。琉球新報に依頼されていた詩を昨日メールで送信した。少しだけ気が楽になった。9月10日に掲載されるということなので、沖縄在住の方でこのページを読んでくださった方、御高覧いただけたらうれしいです。

  September 5, 2004

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• That fighter's fate was not known.

  相当な雨量になりそう。雷もすごかった。９月はいやな月になってしまったようだ。季節には何の責任もないのだが。Beslanの事件も痛ましい。プーチンが見舞いに駆けつけたが、犠牲者の親族が「プーチンなんてどうでもいい、子供を返してほしい」と叫んでいたのをテレビの報道で見た。食事をしながら。外国のメディアの報道などをネットで読んでみると、プーチン率いるロシア当局と事件のあった北オセチア共和国との対応の違いも相当あったらしい。北オセチアの大統領はチェチェンの前大統領（彼はロシア軍から追われたらしい）や亡命している指導者などとコンタクトを取り、なんとか乗り切ろうとしたらしいが、結局この打開策はロシア当局との食い違いからうまくいかず、こういう惨事になったというようなことを書いている記事もあった。子供たちが犠牲になるというのは傷ましすぎて言葉がない。しかし、ここで言葉を失っても、その子供たちは浮かばれまい。なぜ、このような無謀としかいいようがない事件を犯人たちは起こしたのか？それが解明されないかぎり、感傷的になったり、あるいは憤激してもしようがないのだ。私にはよくわからない。少しずつ調べていくしかない。チェチェンの分離独立の運動は前のロシア大統領のときから盛んだった。エリツィンが軍隊を送り込んで、激しい戦闘があったのを覚えている。石油などの権益と宗教的な問題がからんでいることもわかる。それ以上の知識は私にはない。９・１１以後のブッシュの世界戦略がこれに一層の暴力の無制限の応酬を加えていることだけは確かであると思う。先の新聞記事に次のようなことが書かれていた。怒ったオセチアの群集が捉えられている人質事件のゲリラの一人と信じられている男に襲いかかったというのだ。この男は学校のそばの小道を逃げてきて軍隊のトラックの下に隠れていたらしい。戦闘が行われている間である。ロシア兵につかまったが、そこに群集が殺到して、彼を殴り、彼の衣服を引き裂いた。ロシア兵は彼をひきずって運び去ったという。記者は、群集の一人で５８歳のKhariton Valiyevという男から次のような話を聞きだしている。「みんなが彼を殴ろうとした。彼を八つ裂きにしようとした。私自身は私の指で彼の眼を彼の頭から抉り出そうとした。」記者は次の最後の一行でこの長い記事をしめくくる。「このテロリストの運命は知られていない」と。正確に言うと、この記者はテロリストという言葉ではなくFighterと彼のことを呼んでいるのだが。この記事で私はvigilantismという英語を覚えた。辞書にあたると、「私刑を含む暴力的な自警行為」とある。いやなとしかいえない自分もいやなのだが、いやな時代のいやな事件だ。またなにか…

  September 4, 2004

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• 頭をかかえる

  つくづく自分が厭になるときがある。逸脱しているのにそれに気づかない。今晩テキサスに住むアメリカ人の友人と久しぶりにチャットをした。私の英語力の無さが原因の一つであることは確かだが、そりよりも私の心のあり方が今日は（今日もが正確だろうが）徹底的におかしかったことが大きい。彼の40歳の誕生日だった。それは祝った。テキサスは３日の朝だ。いつもこういう時間に彼がｐｃを開いたことを知らせる合図がこちらのｐｃに明示される。娘さんを幼稚園までおくっていかなければならない忙しい時間帯だから、普段はどちらも遠慮している。向こうも私がｐｃの前にいることはわかっている。その時間帯でもたまには向こうから、Ａre you there?などと書いてくることはあった。元気か、元気だよ　で普通は終わりにする。今晩は私から書いてしまった。そこで彼の誕生日だということがわかり（彼が日本にいたころは覚えていて、我が家で誕生祝をしたこともあったが、忘れていた）、彼はとても喜んでくれた。そこからがいけない。冗談のつもりで、ニューヨークにいて次期大統領の受託演説でもしているのではないかと書いてしまった。だんだん調子がかわってきた。それからもう一つのことも冗談のつもりで書いた。いつもの優しい弟のような調子がかわり、一生の友達だと思っていたのに、どうしてそういうことを書くのか知りたいということになった。私は軽い気持で書いたのに、彼を十分に傷つけてしまったのである。英語が介在していることもある。即座に謝ったり、説明したりできない。どうにか誤解はとけたのだが、自分の軽率さを恥じるだけだった。無思慮で傲慢だったのだ。こういうことを日本人同士でも犯して気づかないことがあるのではないか。日常を生きるのは難しい。それぞれの思いをそれぞれがどれだけ本当に理解できたのか、実は当人同士もわかっていないのではないか。気づかずに相手を傷つけたり、また相手から傷を受けたりしていることが結構ある。なるべく穏やかな心をもち、相手に合わせて生きていきたいのだが、そうできないときはある。多分、テキサスの友人がそうだったのだろう。いつもはしつこい聞き方や書き方はしなかったのに、今日は腹に据えかねたのだろう。ごめんなさい。この後、私は続行中の作品に手を入れたのだが、この経験が大きく影を落とすことになり、そこで作品は完成した。これは怪我の功名だ。

  September 3, 2004

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  Vonnegut for president!

  ネットで知り合った気鋭の写真家、山下さんから次のような連絡があった。沖縄の友人とカート・ヴォネガットのことを話したりしていたこともあって、早速山下さんが教示してくれたサイトにアクセスした。―こんばんは。NYCでのリパブリカンコンベンションの最中ですが、これ、読まれましたか？http://www.inthesetimes.com/site/main/article/903/P160/我らがカート・ヴォネガット先生がまたしても嘆き、怒り、笑っております。そして、ここの掲示板を読むと、スティーブン・キングが言ったとおり「ウンチの投げ合いに勝利者はいない」という状態が手にとるようにわかります。つまり、左派も右派もお互い冷静に話すらできない。近寄ることさえできていない。結局米国とは、南北戦争から逸脱できていないのが良くわかります。フロリダ最終戦も911も、アメリカという国がいかに分裂しやすいかを物語っています。これでは聖地をめぐるパレスチナ紛争と同じですよね？沖縄もベトナムも何も学ぶことがない。勿論廣島長崎もです。でもぼくはぼくが出会ったアメリカの家族と友人の寛大さと知性を忘れることはありません。複雑な気持ちです。(August 30, 2004 23:45)　―そして驚いた。In these timesという雑誌が発行されており、それに「我らがカート・ヴォネガット先生」は書いているのである。当年とって82歳のヴォネガットの文章に触れることができて私は興奮してしまった。そこでその雑誌に載っていて、ネットにもアップされている彼の一番新しいエッセイ（８月６日付け）を訳したくなった。皆様ヴォネガットは生きていますよ！原文を読みたい人は上記にアクセスしてください。私としてはいつもと同じように拙速の訳であるが、とても素晴らしい英文の書き手でもある山下さんに間違いはあとで直してもらおうと思う。しかし、なんという人物だろう、このヴォネガットの感受性と筆鋒の昔と変わらぬ鋭さは。私は８月の最後にこの文章を読むことができたことをうれしく思う。山下さん、ありがとう！―　I Love You, Madame Librarian 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 Kurt Vonnegut　　　　愛しているよ　司書さん私は、多くの人と同じように、マイケル・ムーアの華氏９／11を見ました。このタイトルはレイ・ブラッドベリーの素晴らしいＳＦ「華氏４５１度」のパロディです。華氏４５１度というのはその本が作られている「紙」の燃える温度のことです。ブラッドベリーの小説のヒーローは、仕事として本を焚書にする町の労働者です。本を燃やす（焚書）という主題について。私は図書館員たちに祝意を表したいと考えています。彼らは肉体的な強さや強力な政治的コネ、また財産などで有名というわけではありません。この国のすべてで、図書館員たちはねばりつよく反民主主義的な「ならずもの」たち―彼らはある種の本を図書館の棚から除去しようとしている―に抵抗しているのです。そういう本を誰が読んだかということを思想警察は明らかにせよと言っているが、それに対しても図書館員たちは拒否しています。私の好きなアメリカはまだ存在しているのです。ホワイトハウスの中ではないとしたら、あるいは最高裁、上院・下院、メディアの中ではないとしたならば。私が依然として愛しているアメリカはわれわれの公共の図書館の窓口に存在しているのです。本という主題について。われわれの日々のニュースソースである新聞やテレビは今やとんでもなく臆病で、われわれアメリカ人の代表としてはあまりに無警戒すぎて、どんな情報価値もありません、だから今何が起っているかは「本」の中だけでしか知ることができないのです。その雄弁な例がCraig Ungerが最近出版した本「House of Bush, House of Saud」（ブッシュ王朝とサウジアラビア王朝との醜いコネクションを暴いたもの、ムーアの映画でも取り上げられているという…ban註）です。これが屈辱的で恥ずべき血まみれの年の始まりだったというわけです。もしもあなたが気づいてなかったとしたならばですが。あの破廉恥で、飾られたフロリダの選挙、そこでは何千というアフリカ系アメリカ人の選挙権が勝手に奪われたのですが、その結果としてわれわれは今や世界の人々に、高慢で、歯を見せてにやついている、あごを突き出した、薄情な戦争愛好家―すさまじく強力な兵器類をもち、誰一人として反対する者のいない―としてのわれわれの姿を露呈しているのです。おなじく、もしもあなたが気づいていなかったならば、老婆心からですが。われわれアメリカ人はいまやナチスがそうであったように、世界中のすべてから恐れられ、憎まれているのですよ。（ただし日本政府は除くと、註をここで訳者である私は付加したくなった。ban）。それももっともだ。おなじく、あなたが気づいてない場合の用心のために。われわれの「選ばれざりし」リーダーは何百万という人類から彼らの宗教と人種という単純きわまる理由で人間性を奪ったのです。われわれは彼らを傷つけ、殺し、拷問し、牢獄に入れた、われわれの望むままに。ちょろいことさ。おなじく。われわれはわれわれの兵士たちの人間性も剥奪してしまった。もちろん彼らの宗教や人種という理由ではなく。彼らの社会的な階級の低さという理由で。かれらをどこにでも送れ。彼らを好きなようにせよ。ちょろいもんさ。The O’Reilly Factor.（註・これは私には訳せません。オライリーは調べてみるとコンピュータ関連の総合的な出版社の名前のようですね。オライリー社の問題さ、オライリーにまかせておけ、とでも訳すんですかね。ban）そう、私は国を持たない人間です。図書館員たちやシカゴをベースにしている雑誌、つまりあなたが今読んでいるこのIn These Times（http://www.inthesetimes.com/）を例外として。われわれがイラクを攻撃する前に、威厳のあるニューヨークタイムスはそこに大量破壊兵器があることを保証してくれました。アルバート・アインシュタインとマーク・トゥエインは彼らの生の最後で人類というものに見切りをつけました、もっともトゥエインは第一次大戦さえ目にはしていなかったのですが。戦争は今やテレビの娯楽番組の一部になりました。第一次大戦を格別に楽しませるものにしたのは二人のアメリカ人の発明でした、有刺鉄線とマシンガンです。榴散弾（Shrapnel）は同じ名前をもつ英国人の発明でした。できたらあなたもなにか死後に自分の名前のついた何かを残したいと望まないですか？明瞭に私より優れているこの二人、アルバート・アインシュタインとマーク・トゥエインのように、私もまた今、人類について断念したくなっている。そして、読者の何人かは御承知のように、私が無慈悲な戦争マシーンに屈服したのは、これが最初ではありません。私の最後の言葉？「人生というものは動物にも匹敵しない、ネズミをもてなすことにさえもかなわない」。ナパーム弾はハーバードから生まれたのだ。これが真実というもの！われわれの大統領はクリスチャンだって？　ヒットラーだってそうだったのです。すぐキレるような性格をした連中、つまり情けや羞恥心も持たない、良心のない連中が、政府や企業からの財政金を持ち出し、自分たちの思うがままにしてしまうという現状に対して、若い世代の人々に何と申し上げたらよいのか、言葉すらありますまい（ここは山下さんが訂正してくれた部分、ぼくの誤訳は書き直すまでもない。山下さん、ありがとう）　―山下さんは書いている。「でもぼくはぼくが出会ったアメリカの家族と友人の寛大さと知性を忘れることはありません。複雑な気持ちです。」この気持は私とて同様。彼らやヴォネガットのような知性がいるかぎり、私たちの好きなアメリカはまだ存在していると私もヴォネガットにならって言うことができる。

  August 31, 2004

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  一編の詩に向って、詩ができあがるまで　２

  昨日の続き。「構想ノート」のような気分で書いたものを読み返していたら、ペガサスの神話などとある。これは「イカロス」の誤りだ。ペガサスは不滅、イカロスは「墜落」する。W.H.AUDENの詩にあたってみた。タイトルは「Musee des Beaux Arts」。美術館ということだろう。About suffering they were never wrong,The Old Masters: how well they understoodIts human position; how it takes placesWhile someone else is eating or opening a window or just walking dully along:(中略)In Brueghel’s Icarus, for instance: how everything turns awayQuite leisurely from the disaster; the ploughman mayHave heard the splash, the forsaken cry,But for him it was not an important failure; the sun shoneAs it had to on the white legs disappearing into the greenWater; and the expensive delicate ship that must have seenSomething amazing, a boy falling out of the sky,Had somewhere to get to and sailed calmly on. (December 1938)この詩のポイントは簡単に言えば、どんな「災厄」とも無縁に「日常」というものは存在するということだろう。農夫にとって、イカロスの墜落などどんな重要な失敗でもありえないし、彼の墜落を見たに違いない豪華な船はどこかに到着するための航海を静かに続行するだろう。太陽は少年の白い脚が緑の海に消え行くまで照り続けたにちがいない。災厄や苦難の人類のなかでの位置どり？について、巨匠たちは決して間違わなかったとオーデンは述べて、ブリューゲルの「イカロスの墜落」を取り上げている。ここにはオーデンの「The Old Masters」たちへの反語的な批判があるのかも知れない。「無関心」への批判という主題があるのかも知れない。私にはよく分からない。ブリューゲルの当の絵を調べてみた。やがて「農夫ブリューゲル」と呼ばれるフランドル派の巨匠の絵はオーデンが述べるように確かにhow everything turns awayQuite leisurely from the disasterという印象を受ける。この大いなるLeisureさ。これは「神話的」なるものへの人間の決別の宣言だろうか？しかしオーデンは「災厄」からの転換というように述べているのだった。雨が降り続いている。 船の前に墜落したイカロスの脚が見える。

  August 29, 2004

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• 一編の詩に向って、詩ができあがるまで

  午前中は動詞の活用の補習、この汗は単純すぎる午後には火の百日紅に見つめられている黄色い外車、駐車場のある郊外の家、門前の花々私がうろついている日々指導者たち、「彼らは利息のために休息している」太陽が墜落しても逃げることのできる冷たい闇を購う気だろう「異常をありふれたものに変える？あるいはその極端な逆が彼らの休息の値段を倍増するとでも？」金城、きみの踊るカチャーシーは静かに見えるでも伸ばした手が支えあげる奇跡のような日常がある「おまえが深く愛するものはおまえから奪われはしない」危うさをピサの斜塔のように持ちこたえてパウンドは祈った半世紀を越える隔離の奥で奪われ続ける地平を深く愛するきみがいる「パウンドではなく、金城、生きているきみのことだ」ヘリの墜落を何かに移し替えて私が書こうとしている結末はまだ見いだせない。そしてこの詩のトーンが決まらない。オーデンの墜落の詩があったはずだ。ペガサスの神話を下敷きにしたやつ。腹の調子も悪い。今晩はまた酒を飲まなければならない（8月２５日）。このくそｐｃがうなっている。まず私が感じたことを丁寧におってみよう。午前中補習をし、昼飯を食べに外出した。ドトールでビュトールのパウンド論を読んで、職場に帰った。その途中に一瞬の啓示を得たと思った。次のような。道の両側に並んでいる住宅地。百日紅の花。こういう日常は実は奇跡なのではないかという感懐。それを強く感じたのだ。ありえない何かの具現。黄色い外車も見た。それは誇示ではなく、可憐だった。いわばしっかりとした退屈というような日常の実感。そういうものを突然襲うものがあるのではないか。日常が奇跡であり、異常が凡庸であるという啓示。墜落は凡庸である、「なぜならいつも墜落するからだ」という意見。しかし、それを凡庸視するもの、ありふれたものにする眼差しを暴くことが必要だ。指導者たち、歴史たち、などについてどう言及するか。これが出発地点。○人物―発話者「私」・「金城」○パウンドの言葉の効果をどうやって引き出すのか。金城やぼくが深く愛するものとはなにか。この日常というしかないが、それを詩の中で通奏低音のように鳴らす工夫が必要。皮肉な調子になりがちだが、そこを踏みとどめる。パウンドも祈った。「も」「は」どっちだ。乾いた青空に吊される、ピサの斜塔のように危うさを…触れること、触れて傷つくこと、なにもしないは「しない」、これはパウンドをなぞることにすぎないのか。そもそもなぜパウンドなのか。○少しずつ形が、トーンが形成されてくる。８月28日。これを終わりにまで導くのはむずかしい。行数が指定されているから。いつもの垂れ流しでは不可能だ。緊迫したものにしなければならない。凝縮した一行を立ち上げなければならない。ここまで書いて、詩行が続けられないでいる。ブラームスのバラード、グールドの演奏を聴く。下に行って、今日、コープで買ってきた黒糖酒「里の曙」のパックを開いた。午後十時過ぎ。

  August 28, 2004

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• 「戦争」・「異常」という凡庸さについて、あるいは墜落ではなく落としたということ。

  ８月13日の金曜日に起った普天間の米軍ヘリ墜落の問題は様々なことを考えさせられるが、その「解決」は「灰色」の不鮮明なゾーンに放置されていて、当事者あるいは加害者（米軍と日本政府―日米安保条約の利害にあずかる代表者という意味で）と被害者（直接には墜落現場である沖縄国際大学と日本の米軍基地の70パーセント以上を強いられているがゆえに常にこのような事故の顕在的あるいは潜在的な被害をうける可能性を持っている沖縄在住の人々）のこの種の事故に関する「認識」の懸隔は甚だしく、前者は「異常」を「日常」の範囲内のことと強弁しようとするが、後者は「日常」の生の存立を脅かす「異常」であり、すみやかにその「異常」を作り出す「政治・外交」上の欺瞞を根本的に除去すべきであると正当にも主張する。この日記の筆者は後者の考えにそってこの「事故」のことを考えてきたし、これからもそうする。「認識」の懸隔について「温度差」という言葉がある。たとえば、今回の事件について沖縄のマスコミや人々の関心の強大であるのに比べれば「本土」のそれらの微弱な関心との間には明白な「温度差」があるなどと使用される。便利な言葉であるが、私はその言葉を使わないようにしようと考える。この言葉ですべてを言い切ったようになり、それ以上「思考」が働かなくなる危険性がある。「本土」と「沖縄」という問題設定の範疇で言えば、「温度差」は歴史上のすべての時間にあったからだ。そういう意味では、沖縄の置かれている現状を固定化する方向に働く危険性もある。言い換えれば「温度差」は作為的なものであり、それを設けることによって、一方が他方を抑圧し、切り捨ててきたものである。自らの「日常」の安穏を保全するために、他者に「異常」な事態を強いてきた歴史の内実こそが、この「温度差」の今日までにいたる信じられない存在を保証しているのである。以上のことを書いて、今日は女房の仕事の日だから、爺さんの面倒を見て、久しぶりに二人で囲碁を打った。合計年齢、今計算中、１４９歳の碁だ。まったくダメだろうと思ったが、結構９３歳の敵は覚えていた。最初は間違えないで、打ってくる。その後はボロボロになったが、「お父さん、まだ十分にやれますよ」とほめてあげた。カミサンが帰宅する。そのあとテレビなどを眺めて、今部屋で書いたものを見直す。奇蹟だと思うことが最近ある。簡単に言って、こうして生きているということ。９３歳の義父と碁を打っているということ。若いときはもちろんそんなことは考えもしなかった。若さは「馬鹿」につきるからだ。日常が奇蹟だという思いは最近とみに強い。飲んだくれてばかりいて、それが奇蹟かよと揶揄されそうだが、凡庸な感想だと思いながらも、実感だからしかたがない。この感想から何が言えるか、そういうことを考えてみる。今回の墜落を、１、在日米軍の新聞、スターズアンドストライプ紙は海兵隊の兵士たちの勇敢で迅速な行動のおかげでパイロットたちは救われたと報道する。在日米軍のワスコー司令官は記者会見でパイロットのおかげで人名が救助されたと、今回の墜落を「美談」化する。人のいないところにヘリを操縦してそこで「墜落」したことを誉めているのである。「人のいないところ」は奇跡的に夏休み中の大学であったわけだ。今日の朝日の「私の視点」欄に普天間飛行場をかかえる宜野湾市の市長、伊波洋一が次のように書いている。―　…（普天間）飛行場の危険性は今回の事故前から十分認識されていた。96年に７年以内の返還で合意が成立した日米特別合同委員会（SACO）の当時のメンバーと意見交換したが、普天間はいつ重大事故が起きても不思議でないと時限爆弾だと言っていた。合意後８年近くが過ぎ、さらに危険性が高まっていると言われて帰国したら（市長は先月渡米し、米国政府と米議会議員に、海外米軍基地の閉鎖再編計画の中で、海兵隊普天間飛行場の閉鎖を訴えて来たという、そのときにアメリカのsaco委員と会ったのだろう・ban註）、今回の事故が起きた。…飛行コースをどう変えても訓練空域が学校や病院などが集まる住宅地上空となる基地は米本土なら違法な存在にもなり、世界中でもほかにないという。訪米して実感したのは、SACO合意に関する、日米間の認識のギャップだ。米国では、SACO合意は地元・普天間への負担を早く軽減することにあり、名護市辺野古地区に計画中の代替施設にはこだわってはいいない。今のスケジュールで建設に十数年もかかる施設は合意の精神から外れている、という感覚だ。…これに対して、日本では辺野古への移設があたかも絶対条件のように思われている。SACO合意にあまりこだわらないで、大胆な戦略変更を進める米国と本腰を入れて話し合うように政府側に求めたが、合意に基づく辺野古移設を粛々と進める、という話ばかりを聞かされた。沖縄から基地を移すとなれば、それを日本本土に、などとなって政治問題化しかねないので、触らないでおこう、といった気配もうかがえる。米国では４次にわたる基地閉鎖・再編が行われ、すでに９０箇所が閉鎖されている。新たに国内４００以上の基地のうち４分の１の閉鎖が予定されている。それに対して、海外の基地も見直せという声がわき起こっている。…沖縄では海兵隊１万６千人のうち、３千人が普天間飛行場のヘリ２０機とともにイラクに移り、さらに2200人近い第31海兵遠征部隊が26機とともに向うなど計約５千人の実働部隊が不在になる。ヘリも10機が残るだけであり、これを撤退させてヘリ基地としての運用を中止させたい。…以下略。―私はこれを読んで感動した。ここにあるのは冷静で強い現実的な認識である。在日米軍の武官などの認識やそれにもまして「粛々」行進曲の好きな日本政府の腰抜け政治家・官僚などとは全く異なる正常な考えが披瀝されている。伊波氏によれば米国本土の心ある人々の認識は日本政府のそれを数段抜いているではないか。「訪米して実感したのは、SACO合意に関する、日米間の認識のギャップだ。米国では、SACO合意は地元・普天間への負担を早く軽減することにあり、名護市辺野古地区に計画中の代替施設にはこだわってはいいない。今のスケジュールで建設に十数年もかかる施設は合意の精神から外れている、という感覚だ。」このことをおぼえておこうと思う。沖縄の現知事もなぜここまで踏み出せないのか？それを疑問に思う。今の日本政府と喧嘩してもしようがないのはよくわかるが、こういう伊波氏のような視点で、もうじかにアメリカのお偉方を味方にして、コイズミ君やイシバ君のような軍隊好きの坊ちゃんなどを脅すより仕方がないではないのか？時あたかも、世界最低の知能をよりによってあつめた東京都教育委員会がわずか５分という会議を開き、来春開校する都立の中高一貫校で世界最悪の好戦的な歴史教科書を採用することを決定した。このツケはだれが払うのか。ヘリのみならず、多くの爆弾、テロなどが、今度こそは、沖縄だけではなく自らの周辺に雨あられとふりそそぐことになるだろう道を、この連中は選んだのである。そうだろう？そうでなくては困るよ。元将棋指しをはじめ五人の委員と、知事や教育長、そしてこの教科書を持ち上げている連中の名を忘れないでおこう。私たちは静かな日常を奇蹟のように生き抜いていくだろう。ヘリを落としたり（これは墜落ではなく落としたのである）、有無を言わさず自分の好みで戦争を賛美するようなテクストを選んで悔いのない連中は「異常」や「危機」を政治的に作り出し、それをもてあそぶだけである。なぜなら、この連中には「日常」のなかにある人間の姿の本質が見えないからだ。そこで生きて死んでいくことがお国のために生きて死んでいくことなどよりもはるかに困難であることがわからないからだ。生きていくことの多様性がわからないからだ。「戦争」なんて一番くだらない、いちばん凡庸な手段である。「戦争」に群がり、そういうもので人々を奮い起こそうとする連中を私は憎む。

  August 27, 2004

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• 無題

  今日はもう寝よう。さびしい一日であった。何も考えずに過ごした。それはいいことである。おやすみなさい。未来の赤ちゃんたち。

  August 26, 2004

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  友人

  琉球新報の読書欄のコラムは「晴耕雨読」をもじって「晴読雨読」というが、８月22日のその欄に書いた1200字余りの文章の切抜きを沖縄の友人が送ってくれたのが、今日届いていた。すぐに見ることができないのが残念なのだが、こうしてすぐに送ってくれる友人たちが沖縄にいる。ただただ深謝するのみ。書きたいのはその友人のことである。那覇の名家に生まれた彼と知り合ったのは、大学のときの教育実習だった。彼は中国文学を専攻していた。ぼくたちは大学が選んで派遣してくれた中野区のある中学の実習生としてはじめて知り合ったのだった。彼によると、明日が自分の研究授業の日だというのに、「前祝い」と称した飲み会にぼくに誘われて深酒を余儀なくされ、当の発表授業の日には激しい二日酔いでサンザンだったという、これは彼がぼくとのなれそめを人に語るときの常套句である。もちろん、ぼくはそういう具合の悪いことは覚えていない。その次彼に会ったのは、大学の卒業式の日だった。ぼくは東京を離れたくって、最初に連絡があった伊豆の大島の高校に教員として赴任するのを決めていた。1972年の初春だ。彼は大学院に進学するという。そこでぼくらはあたふたと別れた、そんな記憶がある。でも彼のことは忘れることはなかった。穏やかで優しい。でも酒は強かった。大島で四年間すごして都内の高校に転勤した。その高校に８年間いて、次の高校に転勤した。なんとここに我が旧友が院を出て最初の勤務高校として勤めていたのである。そこで我々は、いささかトウの立った「第二の青春」を演じすぎたのかもしれない。それから二十年余の歳月が過ぎて、彼は定年まであと４年残して退職して故郷に帰った。その事情については詳しくは聞いていない。しかし、聞かなくても分かる気がする。やめることが可能だったらはやくやめたいというのが、今の東京都のぼくらとほぼ同年代の教員の共通の思いだからである。（多少とも、気持や思いを吐露しあうことのできる同年代のなかの教員というのが正しいか）。この夏、彼の沖縄の家に二泊した。彼に案内されて回った一日は格別に暑かったが、ぼくたちはその夜、余り度を過ごすこともなく島唄の聴ける酒場で静かに飲んだ。一回のセッションが終わり、観光客にむけて催促される歌い手連中と一緒のカチャーシーの踊りのときに、わが友は「おまえ踊れ」とぼくに言う。まだ酔っていない。グズグズしていると、普段はおとなしいのに決然とした感じで立ち上がり、観光客たちのヘラヘラ・ニヤニヤした踊りの輪の中に飛び込むやいなや優雅な手振りで踊りだした。ああ、その踊りがおまえの気持なのだとぼくは思い、また泡盛の杯を重ねるのだった。

  August 24, 2004

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• 書評

  高貝弘也さんが図書新聞の「詩…クロニクル2004」というコラムで私の「今帰仁で泣く」についても触れて書いてくださっている。図書新聞（８月２８日付）はなかなか手にする機会がないので、高貝さんが送ってくださったのだと思う。そうでなければ、私も読む機会を失したままであったろう。敬愛する詩人の手になった書評。ありがたいことである。ここに再掲しておきたい。―　本年度山之口貘賞を受賞した、水島英己『今帰仁で泣く』（思潮社）。沖縄中部の今帰仁（なきじん）城で、大島セミの声を聞く標題作は心深く響いた。初めに添えられたＹへの手紙で、「フクロウなどの猛禽類の一種のような鳴き声」に、「誰かをはじめて恋したときのように心に穴が開き、そこから泣き声が溢れ出してきた」と、書かれている。「今帰仁で泣く/何に？　と問うな」と詩行にはあるが、ただ「私が一番好きだったものたち」「敗れる者たち」のために「今帰仁で泣く/泣いた」詩人の姿が、とても切なく、そして美しい…と感じた。読むたび、瞼が滲む詩篇に、そうそうお目にかかることはないだろう。―こういう書評は高貝弘也にしか書けないものだと思う、そういう意味で私はとても貴重な人格に遭遇したかのような気がしてうれしいのである。ここを基底に私はこれからも自分の拙い詩作を続行していくことを心に刻む。雨が降っている。今年の夏はいろんなことがあった。気象も私事でも。これからの残り少ない生の年数をどれだけ充実させることができるのか不安でもあるが、この夏の様々な出会いをエネルギーに歩いていくだけだ。

  August 23, 2004

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  高尾山にて

  高尾山に友人と登った。友人は以前この近辺に住んでいたこともあり、平山郁夫？ならぬ裏山行男と称して隅から隅までこの山を登りつくしたらしい。彼の案内で、稲荷山コースというのを取る。久しぶりの山だったから不安もあったが、話しながら登っていくうちに爽快な気分になる。「世界一、登山客の多い山だって」と彼が教えてくれるが、今日はそれほどでもない。込み合う場合にそなえて、違うコースも考えてきたらしいが、迂回路は通ることなく一時間ちょっとで山頂のたもとに到着。「ミズシマさん、上に行けばビール、ここを左に曲がっていけばうまい水があるが、どっち？」と尋ねるので、当然迷わずにビールのある山頂に着く。最初ビール500ミリを買って二人で飲む。いつの間にか、群集の勢ぞろいというような感じになってきた。ぼくは早く飲み干して、さあ往こうかというと彼はまだ半分も飲んでいない。「あなたは３５０をもう一杯　飲め」というのでまた売店で買ってきて飲む。ここでほぼ同時に飲み干して終了。裏高尾の城山の頂で昼食にしようやということに決める。この段階でぼくは850ミリ、彼は500ミリ。ぼくたちは実は午後三時半にケーブル駅のそばにある「ビアマウント」という小高い自然の丘を利用したビアホールで美人二人と落ち合ってひと夏の終わりを記念するために飲み放題をやろうという計画なのだった。彼女たちはその時間に来るという。ぼくたちは朝から高尾を歩き回り、喉を極限までに渇かせて、美人だが酒豪でもある彼女たちとの「飲み競争」に勝利しようということを計画したわけだ。歩き出すと、友人の調子がすこし変だ。ビールを飲んで山を歩くのは初めてだという。でも気持がいいもんだなどと強がりも言う。山はどんな山でも彼にとっては神聖な修行の場だから酒など飲んで登ったことはないらしい。あるいは酒を飲んで車を運転するのと同じ不謹慎なことのように思っているのだろう。ぼくは絶好調だ。信じられないと彼が言うから、「あんなもんは水と同じだ」と言ってやった。それなら水場のある道をとればよかったのに。まあ彼のおかげで静かな道をたどりながら、一時間くらいで城山に到着。奥様が丹精込めた手料理の数々を彼が並べ始める。午後一時前。早速売店でキリンラガーの冷たい３５０二缶を購入して差し出すと彼は呆れていた。彼はバッグの中から用意してきたウイスキーの水割りの缶詰を二個取り出した。これもあるのにということだったが、早速乾杯。ぼくと違って友人はあまり食べない。ほぼ同じ年なのに過酷なジョギングを毎日やっている。この夏の一番暑い日に、彼は豊田に住んでいるのだが町田まで往復で走ったらしい。さすがに疲れて、もうこの年齢では体はいたわらなければならないのに、どうしてこんなにいつもいじめているのかと情けなく思ったと複雑な感慨を披瀝した。彼は３５０のビールを飲み干したが、３５０よりは少量の缶入り水割りには手をつけない。あなたが飲めというので、ぼくは二つとも完飲。この時点でぼくは５００＋３５０＋３５０+４００（缶ウイスキー一個を約200ミリと想定して）、友人はやっと８５０だ。２時に戻る。一丁平の上空で赤いヘリがホバーリングしている。乗っているレスキュー隊員たちの顔も見えるぐらいの至近距離だ。すさまじい音、爆風のような風に樹木がはげしく揺れる。友人が走り出した。ぼくも後をついていく。登山者が倒れている。まだ若い。そのうちヘリから縄を伝って二人の隊員が降りてくる。担架が下ろされ、袋の中にほとんど蒼白になった登山者を入れる。その間も心臓マッサージが手際よく続けられる。周りのぼくらは担架を持つように促される。友人は言われないうちに担架に手をかけている。ぼくをふくめて何人かのものが担架をもっと平坦なところに運ぶことになった。ヘリとの連絡がトランシーバーで続けられ、担架を置いたその真上にヘリがホバーリングする。さあどいてくださいという隊員の声。上からロープが下ろされ、それを担架に引っ掛けて隊員もろとも上空に揚げられていく。あっという間の早業だった。酔いがすっかり醒める。まるで白日夢のような出来事だった。ものも言わないで歩き始める。友人の顔がゆがんでいる。なかなか言わなかったがやっと話してくれた。彼の親友がやっぱり山岳救助隊の一員だったらしい。この人はどんな難所でもヘリをとめて、数々の遭難者を救助した民間のすぐれた操縦者であったらしい。そして最後には長野県警などもこの人に何回も救援を依頼するようになった。友人は新聞記者で、彼のヘリに乗り取材したこともあるらしい。その剛毅な男についての記事を連載で書いたこともあるという。二年前に死んだらしいが、その男のことを突然思い出したのだという。ぼくも言葉を失った。ヘリの構造がどうなっているのか、人を救うということは命がけのことで、傾斜した山岳ではホバーリングの姿勢を保つのは困難なために、ヘリ自体が岩壁でクラッシュしたり、また救助中の隊員がヘリのプロペラで首をはねられたりする事故もあるそうだ。そういうことを彼は教えてくれた。午後４時前、美人たちと会う。酔いもさめたが、これから２時間ののみ放題。友人の顔にもおだやかな笑みがもどった。さあスタート。

  August 21, 2004

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• a street-tough, hip-hop bad boy

  Ａ　このオリンピックのことも少し書いておかないと、きみの半永久自動記述日記にはふさわしくないね。Ｂ　そう言うと思ったから、少しネタを集めていたんだ。きみは随分スポーツに詳しいから訊くが、Allen Iversonというアメリカのバスケットボールの選手を知っているだろう？Ａ　毎日の日本人選手の活躍で、それどころではない。そんな選手知らないよ。Ｂ　直接その選手のことではないが、アメリカのバスケットボールチームがプエルトリコにオリンピックの予選で負けたんだって。Ａ　そういえばいつものオリンピックと違って、アテネではあまりアメリカの活躍の評判を聞かないね。たぶん、こっちが知らないだけだと思うが。Ｂ　ニューヨークタイムスの記事を見ていたら、op-ed columnistのMaureen Dowdという人が皮肉たっぷりに面白いことを書いていたよ。チエイニーやラムズフェルドといった連中のおかげで、いやこの記事のタイトルがW.’s Big Fat Greek Prideというのだからブッシュを皮肉っているのはよくわかるよね（と、書いてワタクシbanは少し不安になっている。このタイトルは、ブッシュ氏の大きく肥ったギリシア風プライドといったような意味ですよね、みなさん）、彼らのイラク戦争があたえた影響のおかげで、アメリカ選手たちはみな自信と誇りを失っているという論調なのだ。Ａ　へーっ。そういえばアメリカ国旗のウエーブなどもないね。Ｂ　アメリカの五輪委が反アメリカムードのなかでの選手の安全を恐れて派手なことはするなと選手たちに言ったそうだよ。それに選手たちが同調してすっかりおとなしくなっているということらしい。この記事に引用されているのだが、ある女性のスポーツライターは、だから勢いがなくなったんだ、こういうおとなしさはアメリカ文化ではない、スタートガンが鳴る前に相手をにらみつけ、パンプミュージックを頭のなかに叩き込み、もっとふてぶてしい態度で相手を威嚇する必要があるなどと書いている。Ｂ　だからというわけでもないのだが、話はAllen Iversonに戻る、Maureen Dowd氏はその記事で、ある女性スポーツライターの引用をまじえて次のように書いているよ。Of the street-tough, hip-hop bad boy Allen Iverson’s becoming a model of lackluster conformity in Athens, she wondered, “ Who body-snatched this man?”なんて訳すのかな、「街の悪ガキ、ヒップホップのくそガキのアレン・アイバーソンはアテネでは何の輝きもないいい子に成り下がった、彼女は（そのスポーツライターのこと）一体誰がこの男を誘拐したのかと訝しがっていた」とでも。Ａ　ドリームチームが負けたことが信じられないわけだ。Ｂ　そう。アメリカの国技だから最悪だったわけだ。プエルトリコに負けたって？ジャマイカのボブスレーチームにオーストリアが負けたようなものだと悔しがっている。Ｂ　15日にプエルトリコに負けて、17日がギリシア戦。ギリシアはホスト国というわけで出場資格を得たに過ぎないのだが、これにもあやうくアメリカは敗れる寸前だったらしい。どうにか勝ったが、スコアを調べてみると77対71の僅差だ。アメリカがボールを持つたびに、観客が「憎悪に満ちたブーイングを浴びせた」ということだ。Ａ　それじゃ、どんなヒップホップ野郎も元気がなくなるよ。Ｂ　ここから話は政治になる。クリントンが彼の再選のためにアトランタ・オリンピックを利用したように、ブッシュもギリシアにすがろうとしているらしい。次のようなテレビ広告を流しているということだ。アフガニスタンとイラクの国旗が映り、ナレーターが得意げに「このオリンピックでは二つの自由な国家が増え、二つのテロリストの政権がなくなりました」と話す。この世界にはもっと多くのテロリストの活動があるというのに、とこの記者は皮肉ってますがね。Ａ　きみの持っている記事、おれにも直接読ませろよ。時間がないんだ。ウーン、結局、この記者が言いたいことは何だな、アメリカはまだ残っていたベトナム後の用心深さや「アメリカ一番主義に対する非難・責め」という心理をイラク侵略で払拭して巨大になろうとしたのに、「アメリカの選手たちからは誇りは失せ、他のアスリートたちに対してとてもセンシティブになっている」ということか。それをパラドックスといっているわけだね。ヤンキーらしさがすっかりなくなってしまったということか。副大統領や国防長官は世界におけるアメリカ人のアイデンティティやイメージを変えた、しかしそれは彼らの構想とは違う風に、とあるね。もし、このことが本当だったら、結構なことだと、おれは思うがね。Ｂ　まあ、そういうことだね。ぼくの英語力のなさで、よく理解できないが、このコラムニストはどう考えているのかな。もっと自信をもった昔日のアメリカ人になりたいということなのか。最後の文を紹介して、この談義を終わろうや。The president who promised a humble foreign policy ended up with a foreign policy inflated by hubris- which is, after all, a Greek idea.あんまり自信はないが、訳してみよう。たぶんブッシュの末路を言っているのだろう。「謙虚な外交政策を約束した大統領が傲慢によって膨張させられた外交政策で終わってしまう、結局それはギリシア的イデーではある」。ひぐまさん、暇だったら、ご教示ください。ＡＢとも退席。相変わらずの暑熱。

  August 20, 2004

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• 周の射手のうた

  SONG OF THE BOWMEN OF SHUHere we are, picking the first fern-shootsAnd saying: When shall we get back to our country?Here we are because we have the Ken-nin for our foemen,We have no comfort because of these Mongols.We grub the soft fern-shoots,When anyone says ”Return,” the others are full of sorrow.Sorrowful minds, sorrow is strong, we are hungry and thirsty.Our defence is not yet made sure, no one can let his friend return.We grub the old fern-stalks.We say: Will be let to go back in October?There is no ease in royal affairs, we have no comfort.Our sorrow is bitter, but we would not return to our country.What flower has come into blossom?Whose chariot? The General’s.Horses, his horses even, are tired. They were strong.We have no rest, three battles a month.By heaven, his horses are tired.The generals are on them, the soldiers are by them.The horses are well trained, the generals have ivory arrows and quivers ornamented with fish-skin.The enemy is swift, we must be careful.When we set out, the willows were drooping with spring,We come back in the snow,We go slowly, we are hungry and thirsty,Our mind is full of sorrow, who will know of our grief? By Bunno, reputedly 1100 B.C. 上記の詩はエズラ・パウンドの「訳詩集」“Cathey”全18編中の巻頭の一編である。原詩は「詩経・小雅」の「采薇」である。アーネスト・フェノロサの漢詩ノートを未亡人メアリーから贈られたパウンドがそれをもとに英訳して出版したのが1915年。パウンドは中国語をほぼ知らなかったと言われる。しかし原詩と付き合わせながら読んでいくと、このとき２８歳の青年の感受性はヨーロッパを覆い始めた最初の世界大戦に対する「厭な気分」の感受と中国の周王朝代、北方民族との戦いに駆り出された兵士たちの「厭な気分」のそれを即座に同致させる鋭さを持っていた。かたや礼楽の鏡と孔子が賛嘆した周王朝の滅びの予兆が刻まれた詩篇、パウンドのヨーロッパでは未曾有の規模でそれまでの世界秩序を破壊していく政治・文化などのドラスティックな変動の波が動き始めていた。中国に対するヨーロッパのそれまでのイメージと画期的な違いを見せたこれらの訳詩の根本にあったのは、パウンドの同時代を生きる真摯さと崩壊と変化を見定める詩人としての鋭敏な感受性だった。白川静によれば、原詩は「征役の詩。玁狁（けんいん・フェノロサは森槐南に漢詩をならったからノートにはKen-ninと日本風の読みで書いてある。それをパウンドはそのまま使っているわけだ。けんいんは北方民族で後の匈奴にあたると白川先生は注釈している。ｂan註）の来寇に際して、出征した征夫の労苦を歌う。いまいう軍歌にあたり、雄々しさと、悲傷の情を歌う」（白川静「詩経雅頌１」東洋文庫）ものである。パウンドの訳詩には「雄々しさ」の情というものはほとんどない。あえてそういうところをパウンドは切り捨てたのだとも言える。原詩は古代歌謡に特徴的な畳詠が多用され、祭事詩的な側面もあると思うのだが、そのような古代性は訳詩では一掃されている。したがってこれはアカデミーの学者の直訳ではない。むしろパウンドという詩人に痛切なモダニティの感覚が結果として当時の知識人に一般的であった古代中国・「シナ」一般に対するエキゾティシズムを粉砕して、20世紀の初頭に、その時代と変わらない「悲傷」意識を持った古代中国の「征夫」の像を拉致しきったのである。しかし、それは古代と現代をみだりに同化させるものではない。むしろ古代の兵士にパウンド自身が変貌すること。ここでいえば「周の射手」に変貌することで、そのことが達成されている。ここが、東洋学者などと異なる最大の点である。The enemy is swift, we must be careful.When we set out, the willows were drooping with spring,We come back in the snow,We go slowly, we are hungry and thirsty,Our mind is full of sorrow, who will know of our grief?敵は俊敏、われらは油断ができない。出かけたときは、柳は春にしなだれていたもどるわれらは雪のなか。歩みはおそく、飢え、渇くわれら。こころは悲しみにしずむ、われらの深き悲しみを誰が知るであろう？　　　　　　　　　　　　　　　　（原　成吉　訳）この部分の原詩を引いてみよう。玁狁孔棘　　　玁狁　孔（はなは）だ棘（すみや）かなり昔我往矣　　　昔我が往きしとき楊柳依依　　　楊柳依依たり今我來思　　　今我れ来たれば雨雪霏霏　　　雨雪霏霏たり行道遅遅　　　道を行くこと遅遅たり載渇載飢　　　すなはち渇し　すなはち飢う我心傷悲　　　我が心傷悲す莫知我哀　　　我が哀しみを知るなし実に深切な訳だと私は思う。付加する余分なもので目に障るものはない。兵士の気持になりきって訳しているということがよく分かる。閑話休題、When we set out, the willows were drooping with spring,We come back in the snow,We go slowly, we are hungry and thirsty,Our mind is full of sorrow, who will know of our grief?というようなことが紀元前千年余前から体験しつくされているにもかかわらず、こういう状況をすすんで再現しようとする「政治家」たちがなおも恥じ入ることもなく存在している。常に「詩経」を諷詠しながら弟子たちに教えたという孔子の言葉を彼らに贈ろう。「子曰く、詩三百を誦し、これに授くるに政を以てして達せず、四方に使いして専対すること能はずんば、多しと言えどもまた何を以てなさんや」（詩経三百編を暗誦していて、これに政治の要務を任してもうまく果たすことができず、外国に使節として派遣されても、全権をもって談判できないというのでは、全くしかたがないではないか。）「詩経」という「教養」は踏みにじられ、ただゴーマンなものたちだけが一人で勝手に勝ちを称している風景があちこちに拡がっている。

  August 19, 2004

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  西日のあたる部屋

  西日の帯が二つに分かれて、頭上を流れている。一つは暑さを銀色のなかに閉じ込めている。一つは耐えがたい湿気を汗のように流している。アレクセイ・リヴォビッチ・ルージンは沖縄のヴァイオレットという安煙草を喫いながら、箱のような書斎の床にじかに倒れるように横たわっている。午後５時。自殺を考えるにはいい時間だ。決まって、この時間を過ぎると、今年17歳になった「引きこもり」の一人息子アトムが一階の部屋をうろつきまわり、猫のような鳴き声で歌いだす。ゴハーン、ゴハーン、ゴハーン！妻のマリヤは実父のウフトムスキー老公爵の面倒を見るのに疲れて、小さな庭の花々の中を駆け回る蝶トンボの幻影を夢見ている。暑さが、この家の住人のそれぞれに乗り移り、彼らの正体を焼き尽くす。アレクセイは考える。「若いときは、暑さそのものだった、故郷を失う前、ロシアのあの白樺の湖や灰色の宮殿の東屋でマリヤと逢引した夜は零下20度は確実にあったのに、オレは凍りつく世界のすべてを熔かすように燃えていたものだ」。アトムが下で歌っている、ゴハーン。てな調子で短編を書いてみようかとトチ狂いたくなるような暑さがまたカムバックし、蝉さんたちも大急ぎで鳴いています。（通信）河合さん、新聞ありがとう。８月15日の沖縄の新聞の論調の一端を知ることができました。またヘリ墜落の詳しい記事も参考になりました。それから読書欄も。沖縄で「うるま」「ハイトーン」「ヴァイオレット」の三品の煙草を買ってきました。強すぎるので、普段はのまないのですが、いつのまにか「ヴァイオレット」の一箱だけになってしまいました。「白服にマスク」の件、衝撃的です。事実だとすると、どうしようもない事態です。 アトム・西日ノッチ・引きこもり

  August 18, 2004

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• 首相は夏休み中

  研修報告書なるものを書かなければならない。まだ気合が乗ってこない。沖縄の友人たちのｈｐやその掲示板を眺めたり、つまらない詩を書き込んだりしている。例の米軍のヘリの墜落現場の検証は米軍の「許可」が出ずに、ここまできた。またうやむやのうちにこの問題も終わってしまうのだろうか。本土では癒しの沖縄などと観光のキャッチフレーズだけは盛んだが、こういう問題になるとどんな政治家も基地問題に必ず付属する根幹の米軍の占領「意識」やそれを助長する政府の今までの政策などをまともに取り上げて究明しようとはしないのである。そのくせ、ジミンもミンシュも憲法の改訂や国連の安保理などに入るための運動を強めようとしている。アメリカ並みの、いやあくまでもアメリカの牛後に隠れながらだが、世界での「大国」になるために、金も「軍」も出しますという意気込みだ。お膝元にあるこういう問題を放置しておきながらだから、この軍事「大国」へ変身しようという方針の無残さはだれがみても明らかだ。政治家というものに対して今ほど不信の思いが高じたのはこれまでにない。あくまでも、私のことだが。いつも思うのだが、特定して選挙で「落とさなければいけない」という政治家がはっきりと存在する。こういう運動をみんなで組織できないものか。こういう連中に対する侮蔑の念だけでは、そろそろ本当に危なくなってきた。丸山真男が学生時代にノートに書いてあった言葉というものが紹介されていた（ポリティカ日本―早野透・朝日新聞８月17日）。２・２６事件のあった1936年の日本政治を振り返って丸山が東大３年生の時の受講ノートの余白に書き付けたものらしい。ＡＢの対談形式で、Ａ国民粥をすすっても国防の完成に努めにゃいかん、三・四年の辛抱だと言っていたのに、東北じゃ木の芽やワラまでかじる始末だ。Ｂ陸軍は「庶政一新」と言い出した。Ａ威勢がいいけれど軍備充実の別名にすぎないね。Ｂ社会大衆党が軍部・新官僚の「革新勢力」と提携して現状打破だというのは全くどうかと思う。などと書かれている。筆者の早野透のまとめ、―　全７ページで論じ尽くしているのは、自由を守る「現状維持」こそ大事であって、「現状打破」はファシズムの台頭に他ならないとの警告である。すごいなぁ、大学３年でこんな予言を書くなんて。それにしても今の時世にもそのまま通じるのではないか。猫も杓子も「改革」を唱えて10年、しかし「不戦」「非戦」の誓いまで揺るがせていいはずはない。―今日の朝日新聞は頑張っていた。社説の一つのテーマは「普天間を早く動かせ」という題で米ヘリ墜落を取り上げ、普天間の返還は急務であると小泉君に求めている。２面では那覇総局、政治部の名でほぼ全頁にわたりこの問題を取り上げている。見出しだけを拾っておく。「怒る沖縄　動かぬ政府」「米、飛行再開を通告」「県　硬化　返還、移設と別」「首相は夏休み中」。この見出しだけからも、沖縄と本土のこの事件に対する温度差がわかる。金メダリストと電話で得意げに話している首相の映像が昨日のテレビに流れていた。彼の得意の戦略だよね。それはどうでもいいけど、先の朝日によると「海外訪問中の沖縄県の稲嶺知事は急遽帰国し、小泉首相との会談を求める意向だが、首相は夏休み中のために細田官房長官が対応する方向だ」らしい。小泉君、小学生でも自分の家に他の国の軍のヘリコプターが墜落してきたら、夏休みなんて返上して、いろいろ片付けたりするはずだよ。北朝鮮のヘリだったら夏休みはなくなる？でもそれと事態の本質はほとんど同じことではないのか？

  August 17, 2004

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  ロシア語、話します。

  ナボコフの短篇全集の１（作品社）を読んでいる。この面白さはすごいよ。息子のドミトリイが編集したものだ。”RUSSIAN SPOKEN HERE”という短編があって、そのなかに次のような台詞がある。発言者は亡命ロシア人だということを考えてよね。「まあ、政治なんて、われわれの考えじゃ、間抜けから馬鹿を作ろうとするようなもんさ。」今日の言葉はこれにつきるね。

  August 16, 2004

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• なつかしい悪魔

  友人から頂いたｃｄ、ミケランジェリのピアノ・北ドイツ放送交響楽団・指揮はコード・ガーベンでモーツァルトの「ピアノ協奏曲第２０番」と「第２５番」を今朝聴いている。ちょっと懐かしい気持にとらわれている。1992年に伊藤恵のピアノで練馬区のホールで20番を聴いた思い出が蘇ってきたからだ。その時書いたものを探し出した。12年前の感想を再掲してみたい。これは私がその当時勤めていた保谷高校の担任学級の2年2組の生徒に向けて書いていた学級通信「歩行のディスクール」の第１７号（1992年6月27日発行）の全文。―先日、伊藤恵さんのモーツァルトのピアノ協奏曲20番の演奏を聴いた。風邪気味で調子が悪かったので、演奏にあまり集中できなかった。ただ初々しい可憐な印象しか残らなかった。音楽専用でないホールのせいもあったろう。それでも第二楽章のロマンスのメロディは自然に私の内部に流れ込み、何か遠い懐かしい幼児のころの思い出―どこまでも穏やかな海を前にして渚で遊んでいるような―を現前させる。この幸せは長く続かない、だからこんなにも平穏で透明なのだ。三部形式のこの楽章は次に嵐のような激情に満ちた第二テーマを用意している。先ほどの平安は打ち消され苦悶に引き裂かれるが、終わりにはまた、あのなつかしいメロディが待ち受けているのを我々は知っている。だから、あたかも天上から地上の生の営みを眺めているような感じで聴き入ってしまう。生身の自分はこの地上に縛られた人間なのに、モーツァルトの音楽を聴くといつのまにか天上に移行して生身の自分を優しく許しているのに気づく。地上を這うような卑俗な気分も疲れも洗われて、優しく機知に溢れたモーツァルトの音楽の絶妙な距離感（現実との距離）に陶酔するだけだ。　帰宅してから、アシュケナージのピアノと指揮、フィルハーモニアの演奏で20番、21番、23番、そして20番と同じもう一つの短調（ハ短調）の24番をｃｄで連続して聴いてみた。すべての曲の第二楽章に美しい歌があった。いつか、どこかで聴いたようななつかしさで心をゆさぶるメロディ。それは、いつ、どこでと限定することはできない。モーツァルトの音楽は確かに18世紀のヨーロッパを土壌にして生まれたものなのに、時間と空間をすんなりと抜け出て我々の無意識に訴えるものがある。でも、そのことは西洋音楽の普遍性という概念だけでは語れない、もっともっとモーツァルトの個性に属した何か。そのような概念を笑い飛ばすアマデウスに密着した何かと関係している。「人間どもをからかうために悪魔が発明した音楽だ」と、晩年のゲーテはモーツァルトの音楽を評したらしい。没後２百年の去年（註1991年のこと）、極東の経済大国ではモーツァルトが鳴り響いたが、悪魔の正体は依然として秘密のままである。一人ひとりの胸の中に住みついて離れない、なつかしい悪魔。―フライパンの上で焼かれるような暑さから解放されて、しかしなんという落差、信じられないことだが少し寒ささえ感じながら、２５番を聴き、これを今書いている。ミケランジェリの正確無比なタッチで一音一音が生き物のように時間を刻み、空間を支配する。この地球上の自然のバランスはあちこちで狂い始め、生きている人間の脳も自然の狂いと競争するようにおかしくなりつつあるが、でも音楽だけはそれに抗して、人間と自然との微妙なバランスを必死に崩すまいとしているかのようだ。今朝の朝日新聞の「天声人語」に、辻邦生の『橄欖の小枝』に引用されているトーマス・マンの言葉が紹介されている。マンがルーブル美術館で得た感想は次のようだった。「やれやれ、人間というものは！人間は罪を犯した。畜生のように振舞った。何世紀もずっとお互いに殺しあった。―そしてその間に常にこうした芸術作品を作り出したのだ」。「なつかしい悪魔」は闘争の悪魔にもなりうる。それを鎮めて芸術作品に昇華する「なつかしさ」の道をモーツァルトの音楽は教えてくれるのだろうか。「やれやれ、人間というものは！」

  August 15, 2004

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• 墜落

  沖縄国際大学に普天間基地の輸送大型ヘリが墜落した。その現場検証も満足に大学はじめ沖縄県側はできないということだ。これが日本の現実だということを、コイズミなどはどう「説明」するのだろうか？「日本」はカッコ付のままであるということを、「憲法」を変えようとしているジミン・ミンシュの連中もよく理解できていないわけだ。あるいはやるべきことがここにあるのに、それをやらない連中が多すぎる。こういう「事故」をいつも沖縄に押し付けて、ニュースの９０パーセントをオリンピック騒ぎで済まそうとする公共放送のくだらなさにもあきれる。日本の新自由主義者かネオコンかしらないけれど、多くは親の七光りで選挙に勝っている二世の議員たちの甘えん坊ぶりは、このような「事故」に対してどんな発言もできないことからよくわかる。骨のある保守なら、日米の地位協定などの奴隷のような隷属状態をきちんと清算するための動きをするはずだ。「基地」をきっちり返還させて、そこから沖縄の経済や産業の構造をすべて考え直していくような大きな政策をしっかりと現実的に構築していくべきだ。そういう面で、いつまでもアメリカの甘えっ子みたいな、機嫌取りばかりするような政治家はいらない、特に若手の連中にそう思う。

  August 14, 2004

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• 夏の弔ひ

  逝いた私の時たちが私の心を金にした　傷つかぬやう傷は早く復（なほ）るやうにと昨日と明日との間にはふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐる投げて捨てたのは涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだった泡立つ白い波のなかに　或る夕べ何もがすべて消えてしまつた！　筋書きどほりにそれから　私は旅人になり　いくつも過ぎた月の光にてらされた岬々の村々を暑い　涸いた野をおぼえてゐたら！　私はもう一度かへりたいどこか？　あの場所へ　（あの記憶がある私が待ち、それを　しづかに諦めた―）この詩は立原道造の「萱草（わすれぐさ）に寄す」という詩集（1937年、詩人の第一詩集）のなかにある。「夏の弔ひ」という題のソネットである。ソナチネ2のなかの一つ。SONATINE2と書かれているし、この詩集が楽譜大のものだったというから、戦争の迫る前夜に、立原たちのようなエリートがあこがれた雰囲気がよくわかる。「夏の弔ひ」を今私も終えて帰ってきたところだ。ダブルヘッダーの第一試合、通夜が今日だった。私たちは寝ずの番は遠慮して帰ってきた。明日の告別式に義父を連れて行くのが大きな仕事である。死んだ義兄の意志もあって、私たちと同居している老齢の義父には義兄の病いのことはこの一年打ち明けないでいた。今年の五月、義兄の長男の結婚式が神田であったときに、八王子からタクシーで連れて行った。考えてみれば、義兄と義父はそのとき会ったのが今生の別れとなったわけだ。今朝、ついに打ち明けた。食事を済ませて、義父を部屋まで連れていき、坐らせた。女房と二人で正座をして、「お父さん、迷っていたのですが、やっぱり言わなければならないことだから言います、兄さんが昨日の朝亡くなりました」と私は単刀直入に話した。「あなたの兄さん」と義父は言ったようだ。私には兄さんなどいない。「いや、あなたの息子のＳです」。義父のしなびた目からしばらくして涙が滂沱として流れた。「早いな、早すぎる」とうめくように何回も言った。93歳の人間のはらはらと落ちる涙は、率直に言って、義兄の無念の死よりも私をうろたえさせた。今、義父は眠っている。明日の告別式でまたひとしきり涙を流すだろう。女房に「おまえとワシしか残っていないんだ」というようなことをしきりに話したそうだ。２５歳で亡くなった立原道造は生きていればこの父よりも三歳若い。義父は1911年生まれ、明治の末年だ。道造は大正三年生まれ。道造には永遠に青春が続くように思われた。だから、逝いた私の時たちが私の心を金にした　傷つかぬやう傷は早く復（なほ）るやうにと昨日と明日との間にはふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐると歌うことができたに違いない。義父のような老人に「傷つかぬやう傷は早く復（なほ）るやうに」とどんな時も声をかけてくれることはない。こういう比較は馬鹿げている。しかし、義父の涙と立原の涙はどこかでつながっている。あるいは死んだ義兄が義父に呼びかけているのかも知れない。私はもう一度かへりたいどこか？　あの場所へ　（あの記憶がある私が待ち、それを　しづかに諦めた―）そういう場所、それがすべての死者にとっての生なのだ。

  August 13, 2004

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• 夏の死

  義兄が今朝亡くなった。一年の闘病むなしく、癌に倒れた。むなしいのかどうかはわからない。三ヶ月と最初は宣告されたが、医者を変えて一年生きたのだから、よく闘ったということになるのかも知れない。有名な医者で、柳美里が東氏との闘病生活を書いたルポルタージュにも出てくる人だ。患者と家族の癌と闘う自立的な意志を最大限に要求する医者でもあるようだ。パソコンで病に関する様々な数値を患者と家族に管理させる。義兄のケースはこの医者が書く週刊誌の連載記事に実名入りで出たこともある。先ほどの柳美里はその本では確かこの医者と喧嘩をして、東氏を連れ戻すようなことが書いてあった。毀誉褒貶の激しい医者と私は思うのだが、義兄は昨日見舞いに行った女房に「いい先生だよ」と語ったという。そのあくる朝の死だ。６１歳という年は若すぎる。夏の盛りの死。残されたものは、それぞれの仕方で彼を想起したのち、葬るための儀式を通過するしかない。若くて颯爽としたテニスマンだった彼。生涯をサラリーマンとして出張につぐ出張で全国を駆け回った彼。酒はあまり強くなく、すぐ赤くなったが、義理の弟である私に負けじと付き合ってくれた彼。母は65歳で亡くなったから、私の女房（彼の妹）と老いた父を残して向こう側に旅立ったわけだ。救いは、彼の子供二人は既に結婚し、孫までいるということ。「救い」という言い方は適切ではないかもしれない、特に義姉を含めた彼の家族は悔やんでも悔やみきれないだろう。しかし、義兄の胸中を思うと、そういってやりたい。あなたは十分にこの世でやるべきことをやり遂げた。だから、向こうの世界で、好きなテニスを思う存分楽しみなさい。

  August 12, 2004

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  うれしいこと

  ちょっとうれしいことがあった。吉増剛造さんから、お手製の葉書のセットが贈られてきたのだ。暖かい言葉とともに。写真がそうだ。どうしても光が入ってうまく撮れない。使ってくださいと言われたが、もったいなくて使えない。当分、手もとにおいて眺めていよう。涼風がしのびよるような感じがする。西日を直接に受ける部屋なのだが、今日はその陽も弱い。真夏日の連続記録を更新したというが、季節は確実に変わっていく。蝉だけがひと夏を鳴きつくそうとばかりに、夕方になっても鳴くのをやめないでいる。昨晩遅くまで仕事をした。やらなければならないことが一つ片付いたあとは陳腐な表現だがホッとする。そのあとにその質のことを考えて思い悩む。そういう繰り返し。そしてやらなければならない新たなことを見つける。生計のための「ねばならない」は仕方がないが、新たな出会いのために自らが作り出していく「ねばならない」は楽しい。

  August 11, 2004

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  will you still be mine?

  よびかけるものがなくなりつつあるが、よびかけをうけいれることのできるひとではありたい。ひとにたいするきびしさはじぼうじきとかわりはない。つよさはよわさである。まがったものをまっすぐにみることはむずかしい。まっすぐなものをまがってみることはひかくてきたやすい。しかし、こういうかんそうはそうじてしょせいくんとにてきてつまらない。やめる。分割すること、分かりやすく分割せよ。お前は依然としてぼくのものなのか？ぼくは汗を流して今日も働いたと言うこと。はっきりと。あとはどうでもいい。 真昼の識名園（尚王家の別荘）

  August 10, 2004

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  浦添城址の沖縄学の父　伊波普猷の墓

  　島惑ひ　私の　　　　　石川為丸やうやくたどりついたが、すでにデイゴの花は終つていた。この高台に海風が吹きはじめ､光りの中で､邦がそのちひさな旗をはためかせてゐたのは、いつのことだらうか。浦添城址｡その建造物は、薩摩藩の侵攻により焼失し、先の沖縄戦では焦土と化し、今はわずかに石垣が残るだけである｡過去の傷をとどめる　この高台から、すぐそこに東シナ海が見渡せる。ひらけてゐる白い建物の並ぶ市街地、そこで多くの人たちが生き暮らしてゐるのだ。この静やかな南のとき。(たたかひも敗亡も　はらはらと　海のはうへこぼれていくやうだ｡）揺れる梢を　見あげれば　広がる瑠璃の空｡死者たちはどこへいつてしまつたのか｡暗がりをすこし降りれば、ひつそりと伊波普猷の墓が立つてゐる。遠方からの　島惑ひ｡一九四七年六月､伊波普猷はその絶筆､沖縄歴史物語の小序に､戦災による故郷沖縄の被害を想ひ､「島惑ひ」した私は……、と記してゐた。そして、「せめてその文化の歩みを略述して、故郷を偲ぶよすがにしたい」とも。（きつと　その思ひは風に運ばれ､このうつくしい島にとどゐてはゐるのだらう。）ガジュマルの根の絡まる、琉球石灰岩の暗い空洞をのぞきこんでゐると、わたしは　どこにも属するところのない異風な声の、なにものかによばれてゐるやうだつた。浦添城址から、さらにつづくわたしの旅を想ふ。仏桑華の赤は､あくまでも鮮やかに、島でのかなしみを、まだ、終つてはいけないとでもいふかのやうに、彩つてゐた。いつのことだらうか。わたしの惑ひをはしらせた、顕在する表現に　すぐにはつながらない、外の言葉　路上の言葉。こころざしなかばで倒れたものらの､果たされなかった思ひと、そのうつくしい過誤が､にぎわしくいきかふ､そんな市が立つのを見とどけるのは｡　（死者のはうへ、廃墟のはうへ、吹き抜けて、わたしだけの死語をひきださう。）そしてわたしの旅を調へるのだ｡消え入るやうにして、しかもそこらに見え隠れする､精霊をそだててゐる､わたしの惑ひをはしらせた　この島から。註　原詩の形のままではないことを断ります。畏友　石川さんの詩を改めてじっくりと読んで、その深さに驚いた。「島惑ひ」という伊波普猷の言葉の新鮮なよみがえりにも。

  August 9, 2004

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  倫理的な想像力

  書評めいたものを頼まれていて、それは自分が選んだどんな本でもいいから、それについて書けというのが課題である。指定された一冊の本なら書きようがあるが、今までの読書歴のなかから、一つの本を選び抜き、それについてアクチュアリティをも兼ね備えた感想を書くのは難しい。いろいろ考えたあげくに、日本語版が1994年（今から十年前に）出版されたノーマ・フィールドの『天皇の逝く国で』（みすず書房）について書くことにした。朝から今まで読み返したが、最終章３長崎の項目は読み残したままだ。これが出た当時、朝日新聞に加藤典洋のすばらしい書評が出て、それですぐに購入して一気に読み終えた記憶がある。加藤の書評（その内容は忘れてしまった）も、それが当の本をすぐに手にとって読みたくさせるほど素晴らしかったが、この本はそれ以上に強烈な感動とインパクトを与えて、しばらくの間はいつもこの本を持ち歩いて、誰彼となしに読むのを薦めたこともあったほどだ。1989年のヒロヒトの死去がもたらした日本社会の奇妙な「自粛」騒動のスケッチをプロローグに、エピローグに1990年の天皇アキヒトの次男の結婚・その他のスケッチを置いたこの本は、著者が母・祖母のくにに帰省した一年間に出会った「天皇の国」のなかの「まつろわざる市民」の物語である。プロローグ・エピローグに象徴的なように草の根の常識（天皇制という神話）をメディアはじめ政府がもちあげて、それを伝統視しようとする一枚岩みたいな社会構造に対して、自分の生きている「具体」からそれらの公的かつ不合理な「抽象」に対してしぶとく「否」を突きつけた市民の物語である。そういう意味で言えば、どこにでもいるような「フツウ」の人々であり、その「フツウ」さが公的な慣習の「異常」さを炙り出し、その「異常」さを自らの「フツウ」さと錯覚していた目からみれば、「フツウ」ではないと映るだろう、そういう「市民」のたちのルポルタージュが中心をなしている。一章では沖縄の知花昌一が主人公であり、二章は山口の中谷康子、三章は長崎市長の本島等である。目次には名前が書かれていない。それぞれ、「沖縄　スーパーマーケット経営者」「山口　ふつうの女」「長崎　　市長」とあるだけだ。これらの表現にノーマ・フィールドの意図もうかがえる。確信的なサヨクでも進歩的知識人でもない人たちがどうして、世間を「騒がせる」言動をし、しかもこの国の普通の市民たちなら最も忌み嫌う「裁判闘争」などに撃ってでたのか？この大量消費のポストモダン的な天国の中で、自分たちのさやかな幸福を犠牲にしてまでも、彼らが闘おうとしている対象とは何なのか？十年前に闘い始められたり、終わったりしたり、また当の人物が死んだりと、この事件の帰趨は私自身も今ではよくフォローできないのだが、これを読んだ当時と十年後の情勢はほとんど変わりはないように思える。あるいはもっとひどくなっている。知花が焼き捨てた日の丸はその恨みをはらさんとばかり、教育現場においては極端な強制となって、ほくそえんでいる。中谷が反発した自衛隊合祀の問題は、もうそういうことをよく言うよというほどのことになっているだろう。イラクでもし自衛隊員の死者が出たら、ここぞとばかり護国神社が待ち受けていて英霊として祀るに決まっている。本島の発言のように、天皇に戦争責任はあるなどと言おうものなら、銃弾を何発あびるかわからない。ノーマの言う「憎悪の想像力」はここ数年の間で「普通」の感受性となっている。人質たちへの率先した政府首脳の発言しかり、ネット上の暴力的な書き込みしかり。読み返しながら、ノーマが丁寧に跡付けていき、想像をはせていく、日本社会のなかの「英雄ならざる英雄」たちのdecentとしか呼びようのない生き方に励まされながらも、私自身は絶望的にならざるをえなかった。きっと勇気が出るだろうと思いながら読み返したのに、ところどころではまた感動の涙にくれたりしながらも、ここまでの読後感は今の状況のひどさばかり思い出されて暗いものであった。しかしノーマは単なる慰めをあてにして、これらの人々と出会ったのではない。彼らの苦闘を万人のものとするために、このルポルタージュの旅があったのである。そのために彼女の働かす想像力は「倫理的な想像力」である。チビチリガマの悲惨を想像することは、ひるがえって日本軍のアジア侵略の悲惨さと結び付けられねばならない。知花の想像力とノーマのそれはそこで共鳴する。ということはノーマ自身がアメリカ男性と日本女性の子として沖縄戦の悲惨さと戦後の沖縄の問題を生き直すことに他ならない。たえず自らの出自は日本のさまざまなタブーとぶつかり、それを用意周到に切り開き批判していくことが日本社会のまったく外部でもなく内部でもない彼女の固有の課題となろう。要するに彼女自身が運動する「市民」として生きていかざるをえない。そういうことを絶望もせず楽観もせず、彼女はこの著作のあとの十年間もやってきたのだし、今もやっている。私が彼女から学ぶ最大のものは、彼女の生き方であるにちがいない。

  August 8, 2004

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• 民度とは何か

  「中国は民度が低い」と石原が記者会見で語ったという記事が夕刊フジに出ている。例の中国サポーターの「反日」ブーイングに関して彼はこういう言い方で切って捨てたつもりなのだろう。ここには「政治的思考」のひとかけらもなく、それがないことが夕刊フジなどのもちあげる「石原節」だとしたら、うすら寒いものを感ぜざるをえない。いろいろ考えることができる。日本政府首脳の靖国問題への対応とか、尖閣諸島の帰属をめぐっての問題などに対抗しての反発がサッカーの場で極端な「反日」意識として出現したのであろう。歴史的なもろもろの問題と現在の中国対日本の国際社会における存在価値などに対する中国庶民の感情がサッカーという競技での勝敗に対する心理的な陰影を形成しているとでもいえばいいのか。もともとサッカーというゲームには先のワールドカップを持ち出すまでもなく、国対国の威信をかけての対決という側面が色濃くある。韓国のあの熱狂は今も鮮明に思い出すことが出来る。ひるがえって、日本だけがおとなしい観戦者、サポーターの集団であって、「民度が高い」としたら、これも考えようによっては少し異常である。去勢されたコンピューターのようにただスポーツそれ自体の面白さを楽しむなんてことは不可能なことだ。相手チームを罵り、ひいては相手の国や文化までを否定する、そういう熱狂状態にもっていかれることは、そのことの善悪は別として、よくあることにちがいない。こういう大掛かりな試合では常にそこで行われていることはほぼ国と国との「戦争」に等しいのではないか。自分の「民度」の低さを隠蔽するために、相手のそれを言い募るという初級の政治的なプロパガンダと同じことを石原はいつでもやってきた。今回もそれと同じ手口である。彼が東京都でやっている数々の野蛮な行政は、彼が口汚く罵る「文化大革命」のそれと実はそんなに変わらないのではないか。この「小皇帝」はそのことに気づかないふりをしているのである。今晩の９時から中国対日本のサッカーが始まる。「民度」などとは関係なく、両国の選手たちにとって最善の試合が出来るように「政治」的なるものがサポートすべきである。それにしてもこういう時期にこういう発言を平気でする政治家というものは子供と同じである。政治は子供に任せられないことは言うまでもない。

  August 7, 2004

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  イカスミの雑炊その他

  那覇で連日飲んでいた。那覇の夜は遅く、あっという間に明ける。特に一般の人は遅いのだろうが、私は５時頃から飲み始めて、次の日の一時頃お開きというスタイルを４日間か続けていたので、相当な量を飲み、相当長い時間を費やしたことは確かである。滞在最終日、河合さんのお店で最後に食べたイカスミの雑炊は荒れ果てた胃を癒してくれる美味で穏やかな逸品であった。その前の晩は式の後だったので、飲んでばかりいた。それでも酔わなかったのは緊張がまだ続いていたのと、いつもの心優しいメンバーに加えて、高良勉や大城健などという素敵な人たちと飲んでいたからだ。高良勉は「蕃さん、島唄のリクエストがあれば何でも歌うよ」と言うのだ。奄美のワイド節を歌おうかというので、いや、宮古島の「豆が花」を歌ってよと言う。ぼくがこの唄を知ったのはつい最近、しかも小野先生の本で。なんと彼はすらすらとしかも情感をこめてアカペラで歌うじゃないか。これにはびっくりした。さすが高良先生だ。彼は琉球弧の唄を大概は歌えるのではないだろうか。自分の付け焼刃が恥ずかしくなった。大城氏は俳人で高良勉や河合さんたちの「kana」の同人。しかも同業者。都教委のひどさを百も承知。沖縄も同じだという。同病相哀れむという感じよりも、彼の朗らかさと強さが印象に残っている。因みに言う、「豆が花」は諸説あるが抵抗の歌であるというのが高良勉の説である。八王子から式に駆け参じてくれた山川さやか嬢も来てくれた。彼女は八王子に住んではいるが沖縄出身の画家。彼女の個展が３日から始まるので、それで帰省したわけだが、実は山川嬢は八王子のワイン居酒屋？「ティノ」の常連である。ここは何を隠そう（隠すものはないが）、私の友人夫婦が経営する酒場なのである。そこで彼らは彼らのメッセージ付きのお祝いの花束を山川さんに託したという話。私は彼女とは初対面であった。ところが彼女はなんと先述の大城健先生の教え子でもあり、高良勉の詩に挿絵を描いたこともあるという。奇縁がかさなった。ところで奥さんは私の朗読のときのピアニストでもある居酒屋「ティノ」の夫婦からのカードのメッセージとは「存在するだけで哀しい人、banさんへ、おめでとう」というわけの分からぬものであった。このＩ君は昔から私を見ると抱きついて涙を流す癖がある。困ったものだが本当は私もうれしい。Ｉ君も画家であり、Ｉ君の友人の、ゆたさんからも心のこもったカードが添えられていた。ゆたさんは山川嬢と同じ職場で働いている。彼も画家である。河合さんからの花束と山川嬢プラス八王子からの花束。この二つの花束は沖縄に身寄りのない私に対しての彼らからの優しさの花であった。式の後で披露宴？みたいなのがあったが、そこで友人代表として石川為丸氏が挨拶をしてくれた。その挨拶も心に沁みた。その後拙作を朗読までしてくれた。酔って、俺の方が朗読はうまいよなどと傲慢なことを為丸氏に語ったのは照れくさかったから。好漢為丸兄、許しておくれ。素晴らしい朗読でした。芥川賞作家、大城立裕氏の挨拶などもあったが、これはシッチャカメッチャカでありました。伊藤左千夫の歌を正岡子規の歌として紹介したりするなど、相当忘れっぽくなっていらっしゃった。しかしやはり大家然とした雰囲気はありました。以上報告終わり。ｂan記。 from right to left 宮城君（貘賞受賞後、現在琉球新報記者）、ban、石川氏、大城氏、さやか嬢、高良氏　（撮影は河合さん・レキオスにて・７月３０日）

  August 5, 2004

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  那覇に盲いて２

  那覇に盲いて２朗読までの時間はまだある。ホールとは反対の方角に歩き出す。今日は大きなイヴェントが行われるらしい。いつの間にか、国際通りは群集で身じろぐこともできない有様になっていた。昨日、そこで見た物乞いの老人もいなくなっている。勇壮な太鼓や口笛が聞こえてきた。観光客は軒を連ねた土産物屋とは反対の方角、道路の方に鈴なりの状態で並んでいる。通りは車を完全に排除して、エイサーのページエントが繰り広げられているのであった。幟がはためき、「エイサー・一万人の踊り隊」と書かれている。部落の青年団、学校の団体、大阪などから来たチーム、等など。大掛かりなものはサンシンやシンセサイザー、バイオリンなどを持ち込んで演奏する音楽隊も備えている。暑熱が増幅するが、それをものともしない。男の子や女の子がきれいにバチを空中でそろえたり、歌いながら旋回し、脚を投げ出すさまを見ていると、なぜかわからないが涙が出てきた。頭巾のような帽子、その下で輝く誇らしげな大きな眼。エイサーの掛け声も勇ましく、彼らはこの世のすべての邪気を祓っているのであろう。思わず何枚も写真を撮る。そして今度は公設市場の２階で息をつく。そこでビールを３杯飲むと、もう朗読はロウデモイイ感じになった。こういう寒いギャクで乗りきれたらいいなとも思う。しかし、連発できないのは致命傷だ。先の詩の続きを考えながら飲んだ。メモはとらない。出任せに対句をならべていこう。聴衆から文句が出たら、金はもうすべて飲んだから返せないよと言えばいい。気が楽になった。酔った目には１００名ほどに見えたけど、実際はもっと少なかったかもしれない。一番目の男はタコの詩を読んだ。二番目の女は家事の詩を読んだ。三番目の女はチャイナドレスの詩を読んだ。４番目の女はオッパイの詩を読んだ。いよいよ俺の番だ。酔いはすっかり醒めていた。俺は困ってしまった。是非酔っていなければならなかったのに、すべて忘れてしまったのだ。仕方がないから、俺は人の詩を読んだ。次の詩だ。愛なんて君たちにはわからないとブコウスキーは言った。俺を見ろ、俺は５１歳だがこの若い娘を愛している俺はこの娘にぞっこんだけど、彼女だって俺に首ったけさ大丈夫、必ずそうなる俺は彼女にぴったり合う、彼女は俺を追い払うことはできないよ俺から逃げようとしても結局は俺のところに帰ってくるしかない俺が埋葬したたった一人の女を除いてその女のためにさんざん俺は泣いたでもあのころは涙もろかったということさおい　俺にビール以外の強い酒を飲ませないでくれ（落ち込んでたちが悪くなるから）（ここの訳は中川五郎だぜ、おれにはわからない）君たちヒッピー連中とビールなら一晩中飲んだっていいぜビールなら１０リットルでも飲むよ水と変わりはないしかし、強い酒を飲ませてみなよ残らずきみたちをこの窓の外へと投げるからね、俺は武闘派なんだよ（この部分―武闘派云々―はおれが付加したもの、原詩にはないぜ）窓の外に放り投げてやるでも、君たちには愛はわからないだって一度も誰かに恋したことなんてないんだから愛は単純なものだよ三分の一のところで俺は読むのを止めた。聴衆が一人残らず退屈しているのがいつものように分かったからだ。この乗り切れなさ、これが俺なのだ。いや、これは不正確だ、この責任は俺にあるのだから、俺はもっともっと聴衆を喜ばせるプロに徹するべきなんだ。不徹底さが致命的な欠陥さ。よし、そこで俺は即席のビンゴゲームをやることにした。５１、５６、６０。これでおしまい。次に聴いてみた。この詩はだれの詩でしょう？「山之口獏」。正解！次第に酔いが戻ってくる。スイ、スイという掛け声が好きだ。目の大きな、顔を真っ赤にしながら、手足をきれいに伸ばして踊っている女の子の姿がちらついた。その子はサトウキビ畑で無心にエイサーを踊っているのだった。那覇の沖漁場（オキナファ）よ！ 美童（ミヤラビ）のエイサーを見ていると涙が出るとban翁は語りき。（「ban翁那覇随行日記」・８月１日より・著者・水島英己）

  August 4, 2004

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• 那覇に盲いて１

  朝起きると、ここはどこ？おれはだれ？と思った。体が宙に浮いたようになり、そこから寝ている俺を見ている。魂が離脱したのがわかる。死んだように伸びている肉体の中に、いやいやながら、しかし肉体の俺は必死にそれをせかすのだが、横になっている俺の中に、意識がぬるい水のように入り込んでくる。目が覚める。頭の上にオリオンビールのロング缶が転がっている。空けてはいない。昨夜遅くホテルに戻った。相当酔っているのだが、それでも眠れなくては困ると思い、ホテルの販売機で買ったのだ。しかし、ベッドにそのまま倒れこんだようだ。エアコンを利かしたまま寝たので冷たさが体に張り付いている。いったん目覚めた頭で先ほどのsoul lostの体験を反芻しようとするが、もううまくつかめない。それでも単なる二日酔いとは異なる体験であったのは確かだ。俺の魂は飛んでいた。骨のような石灰岩が林立した小高い丘の上。俺は脚の悪い年とったノロの懐にくるまれているようだった。このまま、そのままとノロはささやいた。「人は皆自分の現在と自分の場所から追われているように感じたがる。でもそれは嘘だ。おまえは自分の魂が逃亡してここまで来たと考えているが、そうではない。おまえはおまえだ。ここにいるのは魂ではなくておまえなのだ。」と老婆は囁いた。「このまま、そのまま」と呟きながら、俺の魂は俺の肉体にしぶしぶと回帰したのだろうか？それとも俺は確かに丘の上に行き、あの祖母を髣髴とさせるノロに抱かれたのだろうか？急に喉が渇いてきて、俺はホテルの一室の中で水を探す。しかし水はなく、洗面所の蛇口からじかにいつまでも出の悪い液体をまた酔いにもどったかのようにふらつきながら飲んだのだ。ホテルのロビーに置かれている新聞を読んだ。『伊麻奇時利（いまきじり）で笑う』という俺の詩集の書評が出ていた。坂田三英という有名な詩人が書いている。俺は失礼ながら、その人の名前を知らなかった。「赤ちゃんの笑うのは自然でいい、しかし大人が笑うと不自然で技巧的である。その笑いは必ず泣き面に変わるものだからである。すなわち、ここには真の笑いがない、ということは真の泣きがないということと等しい。すべからく詩は真から発動し、真に終わるべし」。実に的確な批評であり、ああこれでまた俺の詩集は売れなくなると思った。タイトルの伊麻奇時利を一回で読むことのできたものはいないのだから、だれもこんな詩集には目もくれないはずなのに、こうして取り上げてくれるだけで本当はうれしいのだ。こういう気持を坂田に伝えたいと思った。午後６時から都心のホールで朗読をしなければならなかった。わずか５分ぐらいの朗読だが、これは俺にとって、相当なプレッシャーであることに変わりはなかった。喉が渇いてくる。いけないのは、こういうときに限ってアメリカの呑み助詩人ブクのことを思い出すことだ。「ビール　ビールの川と海　そこにあるのはただビールのみ」がブクのモットーなのだから。といって彼は破滅したわけではない、ルンペンから大金持ちになったのだし、そこはしっかりと俺も学ばなければならないと思うが、今は、ただ安易につきたいだけ。どんなリーディングでも酔っていない彼の姿を目にすることはできない。というわけで、国際通りのとあるレストランで俺は飲み始めた。６時までに５時間ほどある。那覇の夏、風がないと体が焼ける。焼身自殺の一歩手前まで歩いて、オリオンのクールな輝きに救われる。これが定番さ。焼身と救済が入り混じっている夏の那覇。帰省した家族連れの客や、観光客で満員だったが、なんとか座席を確保して、おれは飲み始める。そのまえにメモを取り出した。酔いにまかせて新作を作ろうという算段だ。もう「伊麻奇時利」の一編を読むのはよそう。那覇に盲いて物乞いの　垢ぎれた　手足魂乞いの　膨らんだ　頭脳　　　　　アイヤー　スイ　スイ　　　　　那覇の豆の花（ナファヌ　マミィガパナ）又　流亡者の　響きあう　夜の声　　定住者の　幽かなる　息吹又　刺青の　　アメリカの　かなしゃ　　かりゆしの　わが友の　かなしゃ又　きれぎれに　サンシンは　空に　　きぬぎぬを　交わす人　　虚無に又　浦添えは　漆飾る　うるま　　ようどれは　尚寧の　恥辱又　侵略者　為朝の　朝の字　　王朝　藩塀の　朝の字又　飲みあかす　泡盛の　肝に　　しみいるよ　この対句　崩れ アイヤー　スイ　スイ　　　　　那覇の豆の花（ナファヌ　マミィガパナ）終わらない、酔いがまわる。（未完）

  August 3, 2004

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  La Fiesta

  読み散らし、散らし読み。手当たり次第に読む。自分が何を読んでいるか分からなくなる。この逸話は覚えておこう、この文句は気が利いている。たとえば「われわれのような人間は主要な企図の一部ではなかった。主要な企図はアメリカそのもの、アメリカの力の増幅だった」。たとえばヴェラ・ナボコフと息子のドミトリはどんなに亡くなった夫・父親のウラジミールを尊敬していたか。母子は共同体・会社のようなものを結成して父親の作品を管理し、二人で翻訳し続けたのである。この母子の愛情もまれに見るものである。母が亡くなったとき、その遺言どおり遺灰を父の骨壷に入れようとするのだが、「しかし、ナボコフ風の風変わりな紆余曲折を経て、父の骨壷を特定するには困難でした。私はとっさに母に電話し、どうしたらいいのか訊こうとしました。しかし母はもういないのです」。これは息子が書いた母の追悼文の一節である。これらはマーティン・エイミスが書いた「ナボコフ夫人を訪ねて」という本から。今これを書いているときに、また参照して引用している。マーティン・エイミスはキングズレー・エイミスの息子で作家。ぼくより一歳年下の酒飲みであるらしい。これらははじめて知ったこと、しかしすぐに忘れるであろうこと。一冊の本という言葉がある。いろんな意味で読むもののターニング・ポイントを結果的に形成した本のことを言うのであろう。有名人が大新聞に書くようなものだ。そういう本があったのかと自問してみる。あったかもしれないとしかいいようがないのである。ということはそんなものがなくってもどうということはないということ。読み散らし、読み捨てて、生きていくしかない。「論語」などをあがめても、そのご当人のことだけであって、それはそれでいい。自分が何かのターニング・ポイントになったと錯覚させられている人のご託宣であり、ご当人のビタミン剤である。危機に我が身をさらして、一冊、一冊を読み散らしていくこと。読んでいることを忘れて生きること。生きていることを忘れて読むこと。缶ビール（short）たぶん２缶、そのあと麦焼酎を冷やしたお茶やウーロン茶でうんと薄めてエンエンと飲む。読みながら飲む。飲みながらこれを書いている。飲みながらチック・コリアを聴いている。I Ain’t Mad At Youだ。こいつは今日ダイソーで購入した百円のｃｄです。すばらしい！

  July 28, 2004

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  A new war

  原稿は大丈夫ではない。どうしようか。まだ期日があるから、いいや。すぐこうなっちゃうね。今日はカミサンと二人で義父のＣＴスキャンの結果を聴きに病院にいく。よく映画などで見るように、脳の写真が貼られていて、若い医者がいろいろ説明してくれる。ぼくは非情なのか、９３歳だから無理はない、仕方がないよ、という気持だが、カミサンはやはり実の父の衰え行く脳を見てショックは隠せないようでもある。将来の我が身の脳の状況などを義父のそれになぞらえると、陳腐な感慨に打たれずにはいられない。要するに、人間はみな衰え壊れゆくものである。そして死ぬものである。長いか短いかの差だ。A new war (Charles Bukowski)a different fight now, warding off the weariness ofage,retreating to your room, stretching out upon the bed,there’s not much will to move,it’s near midnight now.not so long ago your night would be justbeginning, but don’t lament lost youth:youth was no wondereither.but now it’s the waiting on death.it’s not death that’s the problem, it’s the waiting.you should have been dead decades ago.the abuse you wreaked upon yourself wasenormous and non-ending.a different fight now, yes, but nothing tomourn, only tonote.frankly, it’s even a bit dull waiting on theblade.and to think, after I’m gone,there will be more days for others, other days,other nights.dogs walking, trees shaking inthe wind.I won’t be leaving much.something to read, maybe.a wild onion in the guttedroad.Paris in the dark.新しい戦争今は違った種類の戦いだ、加齢の疲労から逃れようとしておまえは部屋に退却し、ベッドの上に大の字になるなにも動こうとはしない深夜に近いおまえの夜が始まったのはそんなに昔のことではない、しかし失われた若さを嘆くことはない若さもまた奇蹟のようなものではないしかし、今は死を待つこと死が問題なのではない、待つことが問題なのだ十年前におまえは当然くたばっているべきだった自らに向けられる悪態の法外さ、終わりの無さ今は違った種類の戦いだ、しかし嘆く必要はない、ただ心に留めるだけ言ってしまえば、死を待つことは鈍いカミソリの刃を待つのと同じさそして考えてみろ、おまえがくたばった後も他の者には新たな日々が訪れる、新たな日々が新たな夜が、犬どもは歩き回り、風の中で木々が揺れるおまえは多くは残さないだろうたぶん、何か読むもの、そんなものだ疲れきった道に野生のタマネギ闇の中のパリ　　　　　　（ban 訳）ブコウスキーの恰好の詩が、死を主題にした詩があったので急いで訳してみた。ブッシュも新しい戦争というなら、これくらいの幅で考えろよなと余計なことを考えつつ。これが本当の人の世の戦というものではないか。死を待つことは詩を待つこととも同じである。待つこと、あるいはそれに仕えることしかできない。そういう形で今は戦うのである。おそらく成熟はだれにもやってくるだろう。若さという生理を抜け出したときから、新しい戦争、新しい夜が始まるという自覚が正しいなら。

  July 27, 2004

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• with all the love I had, which was not enough.

  For Jane: with all the love I had, which was not enough:-　　　　I pick up the skirt, I pick up the sparkling beadsin black,this thing that moved oncearound flesh,and I call God a liar,I say anything that moved like thator knewmy namecould never diein the common verity of dying,and I pickup her lovelydress,all her loveliness gone,and I speakto all the gods,Jewish gods, Christ-gods,chips of blinking things,idols, pills, bread,fathoms, risks,knowledgeable surrender,rats in the gravy of 2 gone quite madwithout a chance,hummingbird knowledge, hummingbird chance,I lean upon this,I lean on all of thisand I know:her dress upon my arm:butthey will notgive her back to me.スカートをつかみあげる光っている黒いビーズのネックレスを手に取るこいつはかつて生身の首の周りで生きて動いた神の嘘つきおれはこのネックレスのほかにもかつて動いていたすべてを言うことができるおれが誰であるかを知っているし普通の人と同じような死に方など決してできないだろうということも彼女のきれいなドレスを拾い上げる消え去った、彼女の美しさはすべて消え去ったおれはあらゆる神に呼びかけるユダヤの神々、キリスト教の神々に明滅する光の破片に偶像や薬やパンに水の深みに、危険によく知っている敗北に二人分のスープの中で完全に発狂したネズミたちに逃げ出すこともせずにハチドリの知恵に、ハチドリの運におれはこうしたものにすがるこうしたもののすべてにすがるそしておれには分かっている彼女のドレスはおれの腕にあるしかしそれらはおれの腕の中に彼女を返してくれることはない（ban訳）以上の詩はCharles Bukowskiの”THE DAYS RUN AWAY LIKE WILD HORSES OVER THE HILLS”所収の表題の作品である。タイトルは「ジェーンに、おれの愛のすべてを込めて、十分ではなかったが」という位の意味だろう。ブコウスキーにとっての「黒いミューズ」ともいうべき、年上の恋人ジェーン・クーニー・ベイカーが死んだときの詩である。ブコウスキーよりも大酒のみだったというから、この二人の恋と生活は想像にあまりあるものがある。それらは彼の小説や詩に深く刻印されている。彼は彼女をもてあましながら、それでも多くの女たちのなかで一番彼女を愛したのだと思う。この詩はよく訳せないところもあるけど、そういうブコウスキーの思いが自然に激しく吐露されたものだ。暇が少し出来て、ビールを一人で飲んでいる。夏の夜、エアポケットに落ち込んだようなとき、ブコウスキーの詩をきまって読みたくなる。何もない、ただビールだけがある、焼酎だけがある、そこにブコウスキーの飾り気のない詩がある。下品で、格調などなにもないし、間違ってもアメリカ詩のアンソロジーなどに選ばれることもない。でもこの切なさは胸に直截に入り込む。

  July 26, 2004

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• 南風（バイカジー）あるいはクイチャー・アーグ

  引き続き、小野先生の『南島歌謡』から。すばらしい歌を見つけた。宮古島のクイチャー・アーグと呼ばれるもの。アーグは綾言の謂。クイチャーはクイ（声）をチャース（合わす）の意味と言われている。豆が花　早朝ぬ、豆が花よ・明き時ぬ、露が花よ（早朝の豆の花よ、露の花よ）豆が花、出で揃いよ・露が花、咲き揃いよ（豆の花は出揃い、咲き揃い）南風ぬ、はやらしばよ・和風ぬ、なゆらしばよ（南の和んだ風が吹けば）枝なゆり生りゆ、豆よ・又なゆり生りゆ莢よ（枝もたわむほどなれよ豆よ莢よ）生ず豆や満て、世栄よ・生ず莢や、世直らしよ（実った豆が満ちて世を栄えさせよ）次のように小野先生は書いている。―　この豆が花はアカマミという小豆の一種で、粟とともに宮古島の重要な畑作物である。露が花というにふさわしい可憐な花をつける。この歌はその豆が花をほめ、豊作を祈ったもので、比較的短章だが、句々みな端正で、豆の花に世の栄えを祈るのは大げさとも言えるが、それも古代的風格があり、叙事歌の典型的な美しさをもつものとして、南島を通じての代表作の一つと私は考えている。―南島の古い歌の特色である対句形式を保ちながら、小さな豆を精魂込めて作ることが世直しに通じるという強い信仰のようなものを感じさせる。現実は人頭税などを含めて過酷な租税にあえぐしかないのかもしれないが、その悲惨さを打破する明るさがある。この強さと明るさはどこから出てくるのか？一回言ったことをもう一回違う側面から確認する、「早朝（つとめて）の豆の花よ」といい、それを「暁の露の花よ」と置換する。これは隠喩ではないだろう。豆の花に隣接している露の花、言うならばメトニミック（換喩的）な置換だ。外部の生命への強い信頼がこのような喩を生み出し、それが対句の根源にあるのではないか。次々と呼びかけることは、呼びかける対象を決して内面化するということではない。その一歩手前で、抒情の手前で、叙事が打ち震えている。そういう印象を南島の歌謡から私はいつも受けるのだ。

  July 25, 2004

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• 旧師はいまさず

  南島歌謡のことを復習しようと思って、高校時代の旧師小野重朗の『南島歌謡』（NHKブックス275）を読み直す。やることは他にも一杯あるのだが、この暑さで体力がついていかない。途中で八王子まで買い物。すぐに挫折。でも、またのんびり読めばいい。小野先生は高校時代の生物の先生で、また一年ほど入っていた寮の舎監でもあった。奥様をなくして、美しい娘さんと二人で住んでいた舎監室は、ぼくたち寮生にとっては神聖で侵すべからざる空間でもあった。ぼくたちよりも年上の娘さんの顔を一度たりともぼくは見たことはなかった。それでも「美しい」というのは伝説のようにぼくら寮生には伝わっていたのである。広島出身で、戦前の沖縄で教師を勤めて、そこで「おもろ」などの歌謡の研究に手を染められたらしい。授業でも寮生活の指導でもとにかく厳しくて怖かった。でも生物の授業は最高に面白かった。芭蕉の句がポンポン飛び出す授業。夏休み、寮から、当時大隈半島にあった実家に帰省する。そこで小野先生に会ったことがあった。あとで分かったのだが、先生は民俗の採集に来られていたのである。先生が柳田国男賞を受けられた民俗学者だと分かったのは、不明なことで恥ずかしいのだが高校を卒業してからのことだったろう。年譜を見ると「南九州の柴祭・打植祭の研究」で賞を昭和４０年に受けたとある。ぼくが高校二年か三年の時だ。「南島歌謡」の後書きはとても感動的である。―私事にわたって恐縮だが、私は昭和７年から12年間、沖縄の首里で暮らした。『おもろさうし』にめぐり会い、伊波普猷（ユウの字は正しく出ないので、ban註）の諸著を師として、オモロに熱中したのが沖縄での最も楽しかった思い出である。昭和19年八月、沖縄が戦火に見舞われようとしている時に、私は沖縄を引き揚げてきた。老父と病妻と幼児を抱えていたからではあったが、沖縄での教え子を砲火の中に見棄ててきたことに変わりはない。私のうしろめたさ、心の負い目は陰にこもって深く、もう私には『おもろさうし』を読む資格はないのだと思った。そうして、オモロを思い、沖縄を思えばいつも暗い、そんな二十年程がたってしまった。しかしオモロは私にとってやはり見残した夢だったのだろう、勧められて外間守善氏の『沖縄文化』に何篇かの論文をのせて貰ううちに、私のオモロへの、南島歌謡への熱中が再燃することになった。―この本は昭和52年に出版されている。1977年だ。素人で内容のことについては言えないけれど、小野重朗が提唱したオモロの読み方、分離解読法というが、それに対して小野先生の言葉を借りれば「若い論敵」比嘉実との論争などがあったのは漠然と覚えている。そういうことを掻い摘んで話せるようになるまで少し勉強しようと思う。後書きに戻る。こういう思い、「うしろめたさ」を抱えながら先生は20年も生きていたのだなと思う。広島には帰らずに、鹿児島の高校の教員をしたのも沖縄から遠くへ行くことを自ら禁圧したからではないのか。先生はもう亡くなられているが、だれか先生の伝記を書いてほしいと思う。「うしろめたさ」から逃れずに、それを終生自分の書くものの力に変えていったのではないか。力、それは売名や宣伝とは無縁に、地方の文化と大衆の生きてきた道筋を明らかにするつつましいが大変な労力のいる力、そういう種類のものである。真に「労作」と呼べる研究書を先生はいくつか残している。私が時々参照するのは『奄美民俗文化の研究』（法政大学出版局）という大著である。

  July 24, 2004

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• 夏の計画

  今日で講習終わり。８月の頭まで、研修や夏の休暇（５日間）を入れたので、職場から離れることができる。少し息をつけるだろう。ぼけはじめた頭脳をリフレッシュさせるには何がいいだろうか。まず、たまった英文関係を読むこと。エズラ・パウンドの「Cathay」論を書くことを、この夏の研修課題にしたので、これをなんとかしあげたい。インターネットなどから資料を取り出すことを明日やろう。３０日に沖縄に行く。これが一番の楽しみだ。そこで最近購入してほとんど使っていない「デジ亀」を大いに活用して、一杯写真を撮ろう。泡盛はほどほどに？飲もう。レキオスのあらゆるチャンプルーを食べまくろう。一日は佐敷の厚生年金の温泉につかりながら、久高島をのんびり眺めていよう。今年の春に食べた沖縄そばのうまい店どこだったかな。忘れたけどもう一回食べてみたい。沖縄旅行が終われば、また職場復帰だ。仕方がないけど、楽しくやろう。今度は一年生たちとの補習だ。いろいろ忙しくなるが、どうにか体はまだ大丈夫なようだから、焦らず、いらいらせず、切れずに、このご時世と体制に対峙していくしかないよな。沖縄に行くまでに、原稿を一本書かなければならない。たぶん大丈夫。あと何か楽しいことはないか？

  July 23, 2004

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  もらひ水

  今晩は涼しい。衛星でやっている「初恋の来た道」を見ようかなと思ったけど、集中する元気がないので２階の自分の部屋にいつものように籠る。窓を開け放しているから、風が通り抜けていく。ここ連日の灼熱地獄は終わったようだ。夏風邪で腸までやられた息子も２日間の休みでなんとか回復して、今日は出勤した。先ほど彼も帰還した。万全ではないが、いつもの日常に戻りつつある。９３歳の義父も元気を回復した。猫のアトムも人間でいえば９０を越している年齢だが、モンスター的な快活さをいつも忘れないでいる。彼の仕事は寝ることと食うことだけだから。しかし、毛皮を着たモンスターも、ここ数日の記録破りの暑さに実は参っていたのかもしれない。三日間午前中一時間半の講習を職場で続けている。明日でひとまず終わり。今日はドナルド・キーンの文章が問題になっているのを、みんなで読んだ。現役の高校３年生、１５名の受講者。今年転勤したのだが、３年生は普段の授業は持っていない。１５名は多いのか少ないのかわからないが、集まってくれた。みんな真面目な連中だ。キーンさんの文章は、―戦前の西洋人に日本文学に期待するものを聞いたとしても、満足できるような返事は得られなかったと思う。当時の西洋人に日本文学の知識があったとしてもわずかの俳句に限られていただろう。芭蕉の名前は知らなくても「古池や」の句は知っており、加賀千代女は女性であることを知らなくても、「もらひ水」の句を知っている教養のある人はいたに違いない。又、『源氏物語』の優れた英訳は確かに数千部も売れたはずだから、全く無知であったとは言えないが、当時の日本に文学があるかどうかを問題にするような好奇心はなかった。私が初めて日本文学に興味を持つようになった頃（昭和１５年頃）、ニューヨークで買える日本現代文学の英訳は『麦と兵隊』だけであった。―と始まる。子供たちに「古池や」の句を全部言いなさいと言ったところ、さすがに半分以上は知っているようだった。でも「もらひ水」の句はだれも知らなかった。そんなもんだろうと思った。「朝顔につるべ取られてもらひ水」。こういう生活の背景などは完全に遠い過去のことだから。でもいい句でしょう？覚えておいて損はないよ。こういう優しい気持を持って周りを見たいものだよね。などと、わけのわからないことを喋っている。壊さないこと、共生するということ、そんなイメージが久しぶりにこういう句に出会って、ぼくの心に湧き出てくる。人間の気品というものの見本みたいな句だとも思った。涼しい句である。パズルのような現代文学、批判や批評それ自体のためのそれら、そういうものをちょっと読みたくない気分のときに、キーンさんなどの少し間延びのした典雅な日本文を読み、彼の日本文学への由緒正しい愛着に素直に耳を傾けるのも精神のバランスを取るためには必要である。 チョウセンアサガオby peco's botanical gardens

  July 22, 2004

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• 帰らないことが最善だよ

  「かへらないことが最善だよ」それは放浪の哲学　　　　　金子光晴「ニッパ椰子の唄」よりと金子は書く。不意に思うのだが、「それは放浪の哲学」と駄目押しするところに金子光晴の限界がある。というよりも私の好みではない。この一行は無いほうがよいと私は考える。この詩はニッパ椰子を擬人法的に心あるものに変換して、それに呼びかけていく放浪者を主格とした唄である。バンジャル・マシンをのぼりバトパハ河をくだる両岸のニッパ椰子よ。ながれる水の上の静思よ。はてない伴侶よ。文明のない、さびしい明るさが文明の一漂流物、私をながめる。胡椒や、ゴムのプランター達をながめたように。「かへらないことが最善だよ」それは放浪の哲学。ニッパは女たちよりやさしい。たばこをふかしてねそべってるどんな女たちよりも。ニッパはみな疲れたような姿態で、だが、精悍なほどいきいきとして。聡明ですこしの淫らさもなくて、すさまじいほど清らかな青い襟足をそろへて。この放浪者が何を希求しているのかが、ここには祈りのような思いをこめて歌われている。引用した部分より以前にも、こころのまっすぐなニッパよ。漂泊の友よ。なみだにぬれた、新鮮な睫よ。という喚起的な詩行がある。こうして引用していると、先ほど問題にした一行が余計に私には目障りに思えるのである。しかし、全く逆の解釈も可能かもしれない。「かへらないことが最善だよ」などとほざいているのは、プランターたちとなんの変わりもない植民者たちのロマンチシズムに過ぎない、そういう意味で「それは放浪の哲学」であると、ニッパ椰子を代表とする南アジアの「文明のない」自然に批判させているという読み方である。そう読むと、これは自己批判の一連となろう。丸木舟に寝そべりながらバトパハ河の両岸に茂るニッパ椰子を見つめているあてのない放浪者。その完璧にゼロの受動の姿態から紡ぎだされていく言葉たちも水のような受動性をまとったまま、解釈の河蛇を待っているという風情だ。ながれる水の上の静思よ。はてない伴侶よ。少しは涼しくなるだろうかと思って、この詩を読んでみた。

  July 21, 2004

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• Trembling close to you.

  職場の友人からTOM WAITSの７３年のデヴュー・アルバムをＭＤ化したものを頂戴した。封筒に入れてあったので、帰宅してから開いてMDと分かった。ぼくはこの再生装置を持っていない。珍しいことだが、隣の部屋で夏風邪の高熱に冒されて息子が会社を休んで寝ている。「大丈夫か」と言いながら、彼のプレヤーを借りて再生する。明日から曲がりなりにも夏休みだ、ワイン一瓶を下から持ってきて、飲みながらじっくり聴くぞ。息子よ、ごめんな。TOM WAITSは、BONE MACHINEとか、いろいろアレンジを加えたＣＤやドイツで彼が全曲を作ったミュージカルめいたものなど、これは近年日本でも公演されたはずだが、そういうCDは持っている。それらももちろん魅力的だ。でも、このデヴュー・アルバムの初々しさにはちょっと参ったな。こんな素敵な一節があるぞ、　 And those were days of roses Poetry and prose And Martha all I had was you And all you had was me There was no tomorrow We packed away our sorrows And we saved ‘em for a rainy day 　　　　　　　　　　　　　(MARTHA)より初めてTOM WAITSを知ったのはChristopher Vanと知り合ったころだから、もう十年近く前になる。Chris、湾岸戦争に看護士として出兵した男だ。彼がTOM WAITSをぼくに教えてくれたのだった。友人の奥さんのお兄さん。福生での、まさにAnd those were days of roses Poetry and proseの日々を懐かしく思い出す。しかし、それよりももっと以前の学生時代の日々を性懲りもなく、思いださせる歌だ。ぶっ壊れて半分ぐらいしか能力のないエアコン、カミサンに言わせると、煙草の脂でだめになっているというのだが、それでも涼しさを感じるほどの異常な暑熱だ。こういうときに「青春」を想起するにはいい歌である。ただし、涼風を呼ぶとは限らない。より一層の焦熱地獄の焔にきみの身と心は焼かれるかもしれない。

  July 20, 2004

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• 光晴を読もう

  風が止まった。夕凪のような感じだ。午後の４時から散歩に出かけた。久しぶりに片倉城址公園に行く。１６号の騒音と暑熱を横切ると、そこは別世界のように静かである。春はカタクリ目当ての人で身動きもできないほどだったが、この夏の午後は閑散としている。頂上に上っていくうちに涼風を皮膚に感じて、汗がひくのがよくわかる。昔の夏の登山のときに似た感覚を思い出した。シデやナラ、エノキの類の樹木の緑の氾濫。木漏れ日も暑苦しさを感じさせないほどの微細さだ。傾斜面には草花の類が多くあるが、どれも花はつけていない。休憩所のベンチに坐る。持参のお茶を飲んでいると蚊にさされた。頂上の広場では、この暑さにも負けずに子供たちがサッカーに興じている。奥の方の日の射さない暗い坂道を降りる。途中でネムの花が開いているのに気づく。写真を撮る。下界の暑さに、これはどこもかしこも百日紅の街路樹が呼応して、眩暈がする。そこで一句、　　　　片倉や暮るる陽もなき百日紅午前中は野村喜和夫さんが贈ってくれた『金子光晴を読もう』（未来社）を一気に読み終えた。光晴詩の身体性を斬新な問題意識で読み解いていく。軽妙な話体で、クリステヴァのアブジェクシオンという概念を援用しながら、従来の光晴詩の読解を「脱構築」していく。確かに抵抗やエロスや破戒無慚の詩人などという金子光晴像がほどかれていき、そこに希望としての海と現実の泥沼に薄い皮膚一枚で、しかししぶとくつながっている新しい光晴像が生まれ出るようだ。ぼくには野村が金子光晴の南方アジアへの偏執を「南からのプロジェクト」という言葉でとらえ、長詩「鮫」などの新たな読解を試みているところが一番興味深かった。「南からのプロジェクト」か。こういう視点で山之口貘なども読み直すことができるのではないか？野村の文体なども紹介したいから、少し引用してみる。―アジアで光晴は、植民地支配の過酷な現実をまのあたりにし、つぶさに観察します。彼が「フランスの誘惑」に無縁だった理由のひとつは、西洋近代が、そうした植民地での簒奪と搾取を伴っていることに深く絶望したからでしょう。だからといってしかし、すぐさま民族自決のナショナリズムに加担するわけではありません。民族主義もまたイマジナリーな幻想に陥りやすいことは歴史の証明する通りですが、光晴は本能的・直観的にそのことを見抜いていたかのようです。ではどうすればよいか。彼がとりわけまなざしを向けるのは、植民地支配がもたらした身体的現実そのものとしての混血に対してです。『女たちへのエレジー』のなかには、いくつかの混血についての詩篇が収められています。「牛乳入珈琲に献ぐ」「混血論序詩」「ぼうふら（漢字）の唄」などがそれですが、そこに読まれるのは、混淆という名の、全くの絶望でも希望でもない「今、ここ」の地点、そこにしかし、無根拠なまま生きることの自由だけは広がりうるような地点です。―光晴詩の持つ根源的なクレオール性が指摘されているわけだが、「無根拠なまま生きることの自由だけは広がりうるような地点」として「南」を組織してみたいというような妄想がぼくの心に湧いてくるのである。アイデンティティではなく、それをほどき、様々なものの「混淆」を生きることへの夢想！全体の内容と構成は無視して、野村喜和夫の『金子光晴を読もう』から、ぼくが一番気に入ったのは先ほどの引用の末尾の部分である。そういう地点を目指して詩を書いていきたいと思う。

  July 19, 2004

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  水のイメージ

  久しぶりにヒロさんのコラムhttp://www.myprofile.ne.jp/hirocolumn+blogを見る。ハワイの写真が一杯ある。なかでもこの水の写真は息をのむほど美しい。そして短い英文のコラムも簡潔で清冽なものだ。今日の朝は、この水のイメージから始まる。始めようと思う。 ヒロさん、ごめんなさい。この写真の掲載の許可を求めるべきなのに、この水に惹かれてしまい、こうしてそのなかに飛び込むように引用してしまいました。

  July 18, 2004

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  まとまった本を読んでいない（否定形の日々）

  まとまった本を読んでいない。思考のヒューズも切れたまま。暑熱のせいではない。だれのせいでもない。こういうときはよくあるのだが、なかなか立ち直れないでいる。テレビを見る気力もない。外には出たくない。焼酎を飲みながら、この日記を書いているだけだ。グールドを聴いている。エミネムと書きたいのだが、その気力もない。しかし退廃的ではない。気持の奥に未知のものごととの出会いの期待と予感の音がするから。今日は土曜日。三連休だ。気力を養おう。丁度プレリュードとフーガが鳴っている。そこまで。 by peco's botanical gardens 百日紅天　　　　　　　　　　山之口　貘草にねころんでゐると眼下には天が深い風雲太陽有名なもの達の住んでゐる世界天は青く深いのだみおろしてゐると体躯が落つこちさうになつてこはいのだ僕は草木の根のやうに土の中へもぐり込みたくなつてしまふのだ。

  July 17, 2004

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• 電車の中で

  電車の中で、今日はあやうく寝過ごしそうだった。睡魔におそわれて、自分の降りる駅の一つ前の駅からぐっすりと寝てしまった。でも時間にすると３分ほどだ。そこから降車駅まで５分もない。ここはどこ、私はだれ、という状況の中ですっと立ち上がり、いつもの駅で降りていたのだ。ここから名探偵は類推する。先日の記憶喪失のときもこのようにして降りたのではないかと。坐るのが悪いのだ。人間は立ち姿が一番美しいとだれかがのたまっていた。高校生などが坐っているのを見ると非常にムカツク。おまえ、猿から進化した人間の宿命は「立つ」ということなのだよと心の中でつぶやいている。だからでもないが、なるべく坐らないようにしている。しかし、それはお腹の出た高齢の男の立ち姿をいくらなんでも美しいとうぬぼれているわけではない。満員の電車のなかで空いている座席をウロウロと見渡す卑しさがいやなだけだ。凶暴そうな高校生が二人分の座席を独占している場合がある、そういう場合にはわざとその前に立ち、手で膝を押してそこに坐ることもある。かなり、いやみな老人ではある。こういうことで殺されることもあるかもしれないが、そうなったらなったで仕方がない。坐るとすぐに眠る。年だな。この連日の暑さに体が対応できなくなっている。冷房の利いた快適な車内の座席。目の前に大また開きの美女が坐っていても寝てしまうのだ。美女もこの暑さにはまいっている。参っていないのは高校生だけだ。どうしてこいつらはこんなに元気なのか？ケータイとみんな書くからケータイ。ケータイミンシュシュギとでもいうべき御時世だ。そんなに書くことがあるのか？車内は居眠りをするぼくのような老人、馬鹿な漫画を見ている馬鹿なサラリーマン、つまらない歴史小説を読んでいるおじさん、くだらない新聞を読んでいるサングラスの男、あとは圧倒的に「書いている」人たち。ケータイで、親指で書く空間、それが現在の満員電車の状況である。これを見て、デリダ氏はどう評価するか？暑さのせいで朦朧としてきた。これで終わり

  July 16, 2004

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• 朝涼し

  昨日のことだが、仕事も一段落つき職場の仲間たちと飲んだ。そこでよせばいいのに口論してしまった。悪い癖だが、からんでしまったのだ。転勤して一年間は黙っていようと思ったが、そんなことは最初からできない相談だった。若くていばっている奴を見ると、やっつけたくなったのだ。問答無用とばかりにその男の意見を退けた。その間に一番苦手な日本酒をガブガブと隣から注がれるから、酔いとともにますますぼくはいきり立ち、相手を忘れてこの職場のバカさ加減を言い募っていたようだ。あとはお決まりのコース。記憶喪失、しかし帰巣本能に導かれて起きたら家にいて、今朝の３時半に目を覚まし、それからずっと寝ないでいる（いろんなことがあったせいもあるが）。実にバカである。バカは死ななければ直らない。女房などはもうそのことを達観している。だから、説教もしない。帰宅したときは真っ直ぐに立てない状態だったらしい。そういう人間を何回も見て、それでも最終的には本人の自覚を待つしかないとあきらめているのだろう。自覚は訪れるか？友人のｈｐの記事を読む。山中智恵子の次の一首が引かれていた。　みずからを思ひ出ださむ朝涼し　かたつむり暗き緑に泳ぐ

  July 15, 2004

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• 自分で考えろ！

  学期末の忙しさで、都立大の講義を連続して欠席してしまった。なんか寂しい。週に一度は英語の詩に触れることができたのに。先生にももう一人のＭ君にもすまないと思う。でもこの忙しさは尋常ではない。学期末の考査が終わったあとは終業式まで結構長い「試験休み」なるものがあったのを昔の高校を卒業したみなさんはよくご存知のことと思う。しかし今はこれがないのです。この暑さの中で、しかも試験も終わったのに授業があるわけ。気の抜けたビールを飲んでいるようなものです、この比喩は現役の高校生には適切ではないが。その授業の合間を縫って採点をし、成績を出し、教科の会議、成績会議と続くのがわれわれ教員の学期末の多忙の中身です。それだけではなく、この時期に来年度の教科書の選定などもあり、全教科書を調査し、なぜこれを選んだかなどと理由書を書かなくてはならない。これは例の「自虐」派よばわり連中が自分たちの書いた教科書を使わせたくって教育委員会なるバカ組織に圧力をかけたわけでこうなったもの。前者も同じようなものだろう。要するに「政治」的なかけひきと圧力に敗れたということだ。単純にそれだけ。　高尚そうな理屈はいつも後からついてくる。なんでもそうだ。ぼくの持論だが、教育の場は政治のゴミダメだ。子供を子供が殺す、教育がなってない、では「心の教育」を！こういうあほらしい短絡がいつでもまかり通るのが「教育」である。ソノアヤコやヤマオレ、ナンタラや、あいつたちが委員だった例の国民会議はその最悪のモノだった。　「暇」をクレ！考える「暇」を子供たちに与えよ、我々大人にも！競争の中に追い込むだけではなくて。oughtとmustの違いなどをゆっくりと大沢真幸先生にならいたいものだ。前者はbestで後者はonly。このたびの選挙では「われわれは何も選択しなかった」。つまり、bestにもonlyにもいくことはできなかった。そうできたのに、できなかったのはなぜか？結論、金さ。年金さ。アメリカさ。多国籍軍さ。というわけだ。これなども考える「暇」がないからさ。見事な今回の選挙の分析だと、ぼくは思うが、なぜ真幸氏はこのような大切なことを選挙の前にぼくたちに教えてくれないのだろうか？　結論、自分でじっくり考えろ！

  July 13, 2004

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