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2007年10月04日
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カテゴリ:国内線

プチ家出・長崎編の続きですえんぴつ
過去記事はこちらよりどうぞハート(手書き) 最初の記事はこの記事になっています雫 

長崎2日目は、朝風呂、ミサ、朝食でスタートしました。朝食後、ホテルを出発です。
個人旅行は自由でよい反面、荷物の管理が大変です。夕刻に高速バスで長崎を出るので
長崎駅の向かいのバスターミナルのコインロッカーに路面電車で預けに行きます電車
ついでに出発時間も念のため再度確認。3時間に1本しかなく、完全予約制です。

ここから徒歩5分で、といっても、もの凄く急な坂道を登ると、「日本二十六聖人殉教地」です。

 1597(慶長元)年、豊臣秀吉のキリシタン禁令により、大阪・京都で捕えられた
外国人宣教師6名と12歳の少年を含む日本人信者20人が処刑された地です。
当時この地は海に突き出た岬で、キリストが処刑されたゴルゴタの丘によく似ていたと
言われています。

この26名の殉教のできごとは、ヨーロッパその他に広く伝わり、1862年ローマ教皇は
盛大な祭典をローマで行い、26人の殉教者を聖人に列し、「日本二十六聖人」と称されました。

二十六聖人1 二十六聖人2

                「人若し我に従はんと欲せば 己を捨て
               十字架をとりて我に従ふべし マルコ第八章」

二十六聖人3 二十六聖人4

                日本人信者と外国人宣教師、衣装が違います
                 何ともいえない表情で遠くを見つめています

           日本二十六聖人記念館
                「日本二十六聖人記念館」
        入りませんでしたが、記念碑の裏には記念館があります






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最終更新日  2007年10月04日 07時20分24秒
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