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テーマ:ペットの死(562)
カテゴリ:ユキちゃん
千の風になって ←新井満さん公式サイト
【作詞】不詳 【訳詞】新井満 【作曲】新井満 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹き渡っています 秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹き渡っています 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹き渡っています あの大きな空を 吹き渡っています 12月10日は、ユキちゃんの四十九日でした。 私には、もう四十九日というより、まだ四十九日しか経っていないといった方が 実感には近い気がします。 ユキちゃんが亡くなってからというもの、時間の過ぎるのがとても遅くなって、 ユキちゃんが元気でいた時の1日と比べるとまるでその1日が1週間にも思えるほどでした。 その感覚は日に日に緩やかにはなっていったものの、四十九日を迎えた今日の時点で、 もう半年から1年くらい過ぎてしまったような感じがしています。 それでいて、まだユキちゃんはここにいるという感覚も多分にあり、 また反面、時折もういないのだという辛い実感を味わうこともあります。 ユキちゃんの最期を少し書き始めたまま、その後がどうしても書けずに 半端なままになってしまっているのが、とても気になっています。 時間と共に風化してしまいそうで、あの子の存在の証をきちんと綴りたいと思いながらも、 それに取り掛かろうとすると気が重くなってしまい、実行できないでいました。 それでも向き合おうとすると、だるくなったり眠くなってしまったりもしました。 そのうちに、実行できないことがユキちゃんに対する申し訳なさになり、 そういう情けない自分自身を否定する気持ちになったりで、 さらに気が重くなっていきました。 またそれを実行するためには四十九日はいい機会だと感じ、 是非そうしたいと思っていましたが、いざとりかかろうとすると また同じような状態になってしまうのでした。 でも、何とか少しずつでも書いてみようと思います。 (そう思って、やっと仕上げたら操作ミス《その覚えはないのですが・・・?》で すべて消えてしまい、また書き直しています) 1代目の愛犬JOY(2003.1.11没)の死後も、「千の風になって」と「虹の橋」に慰められました。 JOYの死は、息子たちが家を出てしまった後でしたし、 ユキちゃんもふうちゃんもみうちゃんもまだいませんでしたから、 今回よりももっと哀しみが癒される機会が少なくて、 いわばペットロスという状態が長く続いていましたが、 この詩にはとても救われました。 それで、私はその後ご家族を亡くされた友人や親戚の方や 息子の同級生や親御さんに「千の風になって」の本を贈って来ました。 そして、また今回ユキちゃんの突然の死に悲しんでいた私をなぐさめてくれたのも 「千の風になって」でした。 ユキちゃんの死後に、新井満さんの「千の風になって」のCDブックと 中島啓江さんのCD「千の風になって」を取寄せました。 そして、それを聴きながらユキちゃんを想っては泣いていました。 現実生活を送るためには、感情に浸ってばかりもいられないことが少なくありません。 無意識にユキちゃんの死に向き合うことを避けていたように感じる部分もありました。 そんな中で「千の風になって」を聴くことは、胸の奥に溜まった哀しみを 汲み出すようなことだったのかもしれません。 溜まった哀しみは、そのまま沈んでいればいつまで経っても消えることはありません。 その哀しみと向き合い、納得させてくれながら、前向きな方向へと導いていってくれたのが この「千の風になって」の歌でした。 ユキちゃんの死後、この「千の風になって」についてはいろいろな偶然がありました。 (人生に偶然はないといいますから、そういう意味では必然だったのだと思いますが) まず、中島啓江さんの「千の風になって」のCDを知ったのは、 ユキちゃんが亡くなってしばらくの間はTVも見ていなかった私が 初めてTVをかけた夕方のことでした。 ある番組で、中島啓江さんが「千の風になって」を歌うきっかけになった 亡きお母様のことなどをお話になりながら「千の風になって」を歌われたのでした。 次に、ラジオでのトーク番組に出演された新井満さんのお話を聴いたのは 夫が帰宅している土曜日の朝でした。 夫は常日頃携帯ラジオをイヤホンで聴いていましたので、 リビングのオーディオのラジオで聴いたことはいまだかつてそのときしかありません。 (そのことがとても不思議なのです。) ユキちゃんのお散歩の必要がないので、ゆっくり起きてきた夫が その朝は、居間のラジオをかけたのです。 思わず「何を聴くの?」と尋ねましたら、「いいお話をしていたから」と言いました。 ふだんは私と夫とは興味や関心が違って、あまり重なる部分がないので 特に期待もなく流れてくるお話を何となく聴いていましたら、 それがなんと新井満さんでした。 (夫は、その時まで私が毎日聴いていた「千の風になって」の歌には気がついていなかったようです) そのときのお話は「千の風になって」よりは、むしろ最近出版された「般若心経」の本と 亡くなられたお母様のお話が多かったのですが、「千の風になって」の想いにつながる お話はありました。(その「般若心経」もすぐ取寄せて読みました) ユキちゃんが亡くなってから、犬仲間の方々を中心にたくさんの方が ユキちゃんのお参りに来てくださいましたが、 その波がほぼおさまった頃に私は疲れを感じて近くの日帰り温泉に行きました。 もうユキちゃんのお散歩もなく、ゆっくり時間を過ごせるので初めて仮眠室に行きました。 そこでは一人一人の寝椅子に小さなTVがついていて自由に見ることができます。 チャンネル数も多いので比較的見たい番組に出合う機会は多く、 その時には、ハイジを訪ねる旅のような番組がありましたので、 それを見ていましたら、何とまた新井満さんがご夫婦でお出になっていました。 そして、今日ユキちゃんのことが大好きでよく一緒にお散歩していた↑レオちゃんの ママがスタッフをなさっているコンサートに招待してくださり、 ↑フィーナちゃんママ(ユキちゃんがよくおじゃまして遊ばせていただきました)と一緒に行きました。 (もちろん四十九日に合わせて下さったわけではなく、気がついたらちょうどその日でした) 会場は、ちょうどクリスマス前でイルミネーションもきれいでした。 レオちゃんママが受付や場内アナウンスなどをなさっていました。 米田まりさんのシャンソンと並木健司さんのギターとJWSピアノトリオでした。 歌われるほとんどがシャンソンの中で、突然「千の風になって」が歌われました。 私は、レオちゃんママにもフィーナちゃんママにも「千の風になって」の詩をメールで送ったり、 その歌を日々聴いていることを伝えてありましたから、 その偶然(必然)にお二人とも驚いていらっしゃいました。 こうして、ユキちゃんが亡くなってからこれまで、 私は「千の風になって」の詩や歌の中で日々過ごしてきました。 この歌にどんなに支えられたかわかりません。 「千の風になって」への感想や故人への想いを綴る掲示板1000WINDS は こちら です。 こちらの情報から 2006.12.17(日)AM5:45-6:00関東圏放映フジテレビ「忘文(わすれぶみ)にて 「千の風になって」が朗読されます。 2006.12.17(日)16:45-17:58 NHK総合テレビ 特別番組「千の風になって」 先般、BSハイビジョンで放映された番組が皆様のご要望多数により再放送決定です! ということでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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