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2006.03.06
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カテゴリ:ふつうに日記
先日ちょっと悩んでる間に考えたことがある。
自分は何のために、何をするために、
どの様な意味を持って生まれてきたんだろうって。


自分に自信が無くなったとき、
プレッシャーに押し潰されそうになったとき、
自分が情け無く思えたとき。

社会人になってからも、何でも父に相談してきた。
母には心配かけたくなかった。
弟妹には、つよい兄でありたかった。
自分の本当のすべてをさらけだせる友はいなかった。

父はいつも励ましてくれた。
「心配するな」って言ってくれた。
いろんなことを教えてくれた。
米の作り方、農機具の使い方、釘の打ち方、ノコギリの使い方、田植機の操作、クルマの運転、ペンキの塗り方、お稲荷さんの飾りつけ、正月飾り。
何でも自分でやってみること。

酒の付き合い方や、彼女の作り方は教えてくれなかったけど。
でも、何でもできる父はいちばんの先生だった。
ある意味『人生の師』ともいえる尊敬できる父だった。

ボクは何でも父に教えてもらって生きてきた。
その父は、ボクが27歳の冬、心筋梗塞で急逝した。
まだ55歳だった。


ボクはそれから泣き虫になった。
父のことを想いだす度、泣くようになった。
悔やむことが多くなった。
父にはいろんなものをもらったのに、何もしてやれなかった。
無力感がずっと心の中に残っている。

父を喜ばせてあげたこと。
彼女を紹介したとき、結婚するって言ったとき。
素直に喜んでくれた。
ボクが選んだ人を無条件で受けいれて喜んでくれた。

最期に父を喜ばせてあげられたのはこの事だったかもしれない。


一瞬、人生の前途が見えなくなった気がした。
すごく不安になった。
大切な人を失うってこういう事なんだって初めて味わった。

それからも色々と悩むことがあった。
自信がなくなってどうしたらいいか分からなくなること。
情け無くて情け無くて、自分なんていらないって思うこと。

気がついたら「大丈夫だよ」って声が聞こえた。
人生のずっと前じゃなく、すぐとなりから。
彼女がボクを必要としてくれている。
こんな情け無く、無器用で、要領の悪い、優柔不断なこのボクを。
このままでいいって言ってくれる。

大切な人ってすぐそばにいた。
気がついたらそばにいてくれた。
父や母とは違うけど、ボクに生きてていいって言ってくれる。

生きる意味、生まれてきた意味。
まだ分からないけど、まだ悩みながらも生きていける。

彼女の存在に、彼女をこの世に産んでくれたお父さんお母さんに、ボクの弟妹でもある彼女の弟妹に、今まで導いてくれたボクの家族に。

大切なものをありがとう。

結局、泣き虫のボクはblogを書きながら泣きっぱなしだった。
やっぱり泣き虫なのは直らないらしいや。

4歳のボク





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最終更新日  2006.03.06 22:34:31
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