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カテゴリ:ふつうに日記
先日ちょっと悩んでる間に考えたことがある。
自分は何のために、何をするために、 どの様な意味を持って生まれてきたんだろうって。 自分に自信が無くなったとき、 プレッシャーに押し潰されそうになったとき、 自分が情け無く思えたとき。 社会人になってからも、何でも父に相談してきた。 母には心配かけたくなかった。 弟妹には、つよい兄でありたかった。 自分の本当のすべてをさらけだせる友はいなかった。 父はいつも励ましてくれた。 「心配するな」って言ってくれた。 いろんなことを教えてくれた。 米の作り方、農機具の使い方、釘の打ち方、ノコギリの使い方、田植機の操作、クルマの運転、ペンキの塗り方、お稲荷さんの飾りつけ、正月飾り。 何でも自分でやってみること。 酒の付き合い方や、彼女の作り方は教えてくれなかったけど。 でも、何でもできる父はいちばんの先生だった。 ある意味『人生の師』ともいえる尊敬できる父だった。 ボクは何でも父に教えてもらって生きてきた。 その父は、ボクが27歳の冬、心筋梗塞で急逝した。 まだ55歳だった。 ボクはそれから泣き虫になった。 父のことを想いだす度、泣くようになった。 悔やむことが多くなった。 父にはいろんなものをもらったのに、何もしてやれなかった。 無力感がずっと心の中に残っている。 父を喜ばせてあげたこと。 彼女を紹介したとき、結婚するって言ったとき。 素直に喜んでくれた。 ボクが選んだ人を無条件で受けいれて喜んでくれた。 最期に父を喜ばせてあげられたのはこの事だったかもしれない。 一瞬、人生の前途が見えなくなった気がした。 すごく不安になった。 大切な人を失うってこういう事なんだって初めて味わった。 それからも色々と悩むことがあった。 自信がなくなってどうしたらいいか分からなくなること。 情け無くて情け無くて、自分なんていらないって思うこと。 気がついたら「大丈夫だよ」って声が聞こえた。 人生のずっと前じゃなく、すぐとなりから。 彼女がボクを必要としてくれている。 こんな情け無く、無器用で、要領の悪い、優柔不断なこのボクを。 このままでいいって言ってくれる。 大切な人ってすぐそばにいた。 気がついたらそばにいてくれた。 父や母とは違うけど、ボクに生きてていいって言ってくれる。 生きる意味、生まれてきた意味。 まだ分からないけど、まだ悩みながらも生きていける。 彼女の存在に、彼女をこの世に産んでくれたお父さんお母さんに、ボクの弟妹でもある彼女の弟妹に、今まで導いてくれたボクの家族に。 大切なものをありがとう。 結局、泣き虫のボクはblogを書きながら泣きっぱなしだった。 やっぱり泣き虫なのは直らないらしいや。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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