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テーマ:日々自然観察(10123)
カテゴリ:昆虫(アブ、カ、ハエ)
イエバエ科を含む有弁類(他にハナバエ科、クロバエ科、ニクバエ科、ヤドリバエ科その他がある)と言うのは、一部を除いて殆ど素人が手を出すことの出来ない厄介な(恐ろしい)領域である。所謂「絵合わせ」は先ず効かない。これは双翅目全体に言えることだが、特に有弁類の場合はその程度が甚だしい。 種を決めるには、検索表と睨めっこし、翅脈相がどうなっているか(これが実に細かい)、何処にどの様な剛毛が何方の方向に生えているか(これはもっと細かい)、触角の柄節、梗節、鞭節等の形はどうなっているか、触角刺毛には微毛があるか・・・等、非常に細かい形態を見ながら的を絞って行き、最終的には交尾器の形態で判断をすることになる。図鑑などにある検索表は多くは科までのもので、種まで落とすには、それぞれ科ごとや属ごとの検索表が載っている文献を参照しなければならない。 イエバエ科の場合は、篠永哲著「日本のイエバエ科」と言う書物があり、種までの検索が出来る。しかし、この文献は非常に誤植や誤りが多く(主に英文なのだが、英文と和文で意味が逆になっていたりする)、私などは容易に使いこなすことの出来ないのだが、今回は奇跡的に種まで落とすことが出来た。
しかし、私の場合は標本を作らないので交尾器の形態は分からない。だから、最終的には双翅目の掲示板「一寸のハエにも五分の大和魂」で同定が正しいか否か見ていただくことと相成る。 私の問い合わせには、九大名誉教授の三枝豊平先生が対応して下さった。「写真だけで良く到達するものかと感心しますが,恐らく外観からするとあなたの同定が当っているように思えます」との御話で、先ずは胸を撫で下ろした。今日、此処に示した写真は一番最後を除いて雌(同一個体)で、「日本のイエバエ科」にある写真と較べて少し脚の黒い範囲が広いのが気になっていた。しかし、「本種の♀は♂に比べて脚の淡色部が一般に狭く,かつ個体変異がかなりあるようです。♂なら「日本のイエバエ科」の写真のようになり,もっと淡色部が広くて,その範囲はあまり個体変異が著しくないようです」とのこと。これで疑問が解消された。 また、先生はアシマダラハナレメイエバエ雄雌の標本写真を提示して下さった。先生の標本は交尾器で確認されている筈である。その標本写真と剛毛の配列などを比較した結果、完全に一致することを確認、この写真のハエをアシマダラハナレメイエバエとして問題ないであろう。 今回もまたすっかり三枝先生の御世話になってしまった。先生には、此処に記して御礼申し上げたい。
ところで、先生の御話に「写真だけで良く到達するものかと感心しますが」とあるが、これはお褒めの言葉ではない。「標本を顕微鏡で精査せずに、これらの写真だけで分かる筈がない、何処かで誤魔化したのであろう」と言うお叱りと理解すべきであろう。 実際、少し誤魔化した。イエバエ科か否かと言うところで、写真では位置的に良く見えない剛毛の有無が問題となるし、また、イエバエ科と酷似するハナバエ科との区別に使われるCuA+CuP(A1)脈が写真では殆ど見えないのである。此処は、実のところ、「感」でイエバエ科とした。 「日本のイエバエ科」に拠る検索でも誤魔化しをした。検索表のkey3で「後脚脛節の後背部先端1/3に剛毛がある」か否かが問題になるのだが、写真のハエにはこれがある。ところが、「有り」とするとイエバエ亜科やトゲアシイエバエ亜科へ行ってしまい、その先で行き詰まってしまう。一方、「無し」とすると、その後が上手く行き、その結果としてアシマダラハナレメイエバエに到達できた。 脚の剛毛は、その生えている位置により、前、前腹、腹、後腹、後、後背、背、前背の8通りの区別をする。写真ではこれらの見分けが難しく、時々間違える。しかし、「後脚脛節の先端1/3にある剛毛」はどう見ても後背位置にある様に見える。この点を先生に御伺いしたところ、これはやはり後背とのこと。まァ、これは誤魔化しではなく、検索表がキチンとしていないのが原因であった(これだから「日本のイエバエ科」は困るのである)。
このハナレメイエバエ亜科のハエ、翅の畳み方や翅脈相は衛生害虫として著名なイエバエと少し違うが、今まで拙Weblogで紹介してきたハエの中では、最もハエ的な外観を持つハエである。しかし、イエバエ科に属し、最もハエ的なハエでも、これは不潔なハエではない。何と、成虫も幼虫も捕食性の清潔な?ハエなのである。特に、最近日本でも発見された欧州原産のメスグロハナレメイエバエ(Coenosia attenuata)等は、飛ぶ虫を捕らえる天敵としての利用が考えられているらしい。 以前紹介したツヤホソバエの仲間(例えばインドツヤホソバエ)は、外見は綺麗だが、実際は糞食の汚いハエで衛生害虫とされている。「人は見かけによらぬもの」と言うが、ハエも見かけでは、容易にその清潔不潔を判断することは出来ない。
今回は、最初の方で書いた学名に命名者と命名年を入れて置いた。これでお分かりの様に、このアシマダラハナレメイエバエ(Coenosia variegata)は2003年と言うごく最近に篠永氏より新種として記載された種である(「日本のイエバエ科」がその新種の記載文献)。今日、此処に示した写真は、日付に示した通り、8月2日(雌)と今日18日(雄)に撮影しているが、この他にも同種の写真を7月の11(雄)日と17日(雄)に撮っている。何れも、同一個体とは思われない。何を言いたいのかと言うと、我が家の様な東京都内の住宅地でも極く当たり前の普通種なのにも拘わらず、2003年まで記載されていなかった(世界に知られていなかった)のである。 先日は、キバガ上科の未記載種を紹介したし、また、私の別のWeblogでは、既に未記載種を3種も紹介している。大都会の住宅地にも、まだまだ未記載の種が棲息していると言うことがお分かり頂けるであろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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