ご近所さんたちは皆、避難に躊躇されていたものの
防災講座を何回も受講していた我が家は
とりあえず1~2日はなんとかなりそうなものを持って
地元小学校の体育館へ、避難!
グラウンドに駐車している車は
さほど、多くはなかった。
ざっと、30台ばかり…だっただろうか…。
当面、リュックに詰め込んだものたちを下ろして
一家で横になれる分だけの場所を確保した。
体育館の床に、配られたマットを敷く。
新品のマット・・・
この小学校が避難所になるのも、
きっと初めてのこと。
担当の方たちも、皆、初めて…
《アルミロールマットの折畳みタイプ》極厚 15mmマット/レジャーマットU-P993(防災マット、防災用品、アルミ折畳み、テント用マット、アウトドアマット、遮熱シート、ヨガマット、銀マット、プール用マット レジャーシート 1人用)
正確には、もっとクッションは薄くて
3人用の広さ。
我が家は、5人になる予定だったので、
2枚分いただいて広げていた。
お隣と約1mの通路分をスぺースを空けて…。
翌朝、雨が上がった時の体育館の屋根
夫は、荷物を置いてすぐに
義父を迎えに行ってくると、避難所を後にした。
どうやら、団地内の道路も大渋滞で
車が殆ど動かなかったらしい…。
そりゃそうだ、すぐ近くで、全国ネットで報じられた
あの被害があったのだから…。
だが、当時の私たちは、団地内で起きた土砂崩れのことしか知らない。
状況が、全く見えていなかった。
夫は、一旦、車を小学校のグラウンドに戻して
歩いて山を下って行ったらしい。
この時、幸い雨は小康状態だったとか。
地元育ちならではの狭い道を下って、
(私も知らない)
実家へと向かって行くと
実家そばを流れる川は、既に少し上流で決壊していたため、
迂回して、ようやく実家にたどり着いたらしい。
これは、後日撮影したもの。
右側の、水が流れているところが本来道路で
左側の、赤い建物に土砂が迫っているところが、
元々は、川 なのです。
親族は、というと、どうやら渋滞に巻き込まれていて
なかなか前に進めなかったようだが
夫と入れ替わりで避難所に到着。
もし、あのまま自宅に帰っていたら
大惨事に巻き込まれていたことだろう…。
川周辺の車は、すべて土砂に埋まっていた。
結果的に、その渋滞が
親族と車を救ったことになるのかもしれない…
さて、避難所は、なんだか懐かしい風景で
ある種の感慨にふけっていた。
我が子の入学式から始まって
役員の委員長決め、
救急救命訓練
卒業式
親としても、いくばくか想い出があるけれど
通っていた当人には、きっと、更に…
記憶は遠くに追いやられてはいたようだけど…。 ^^;
いつもの選挙の様子とも、また勝手が違う…。
案外、見知った顔がいないものだ…
と思いきや、
かつて、一緒に本部役員をした方とばったり!!
幹線道路にたくさん流れ出た土砂や木々や岩々が
崩れ落ちて、道路を転り落ちていくのを
間近で見ていたのだ…と
恐怖を語っておられた…。
それは恐かったことでしょう…。
でも、ご無事で何より!!
現場近くの数日後の様子がこちら。
その方は、ご高齢の方とお子さんと女性ばかりで
来られていた。
義父は…80歳を超え、昨年末に脳卒中を起こして
少し歩くのが難しくなっている。
その義父は、真っ暗な中でひとり、
何やら掃除をしていたらしい…???
停電? と思いきや、ブレイカーが落ちていたようで
それにも気づかず、理解不能な行動だったと。
もし夫が行かなければ、川の様子を見に出て
濁流に流されていたかもしれない。
何しろ、避難所は車1台分の幅の
川を渡った向こう側にある。
その川が濁流となって溢れ
家の前の橋も渡ることができないのだ。
これでは、避難できない。
夫は、そんな濁流のそばの義実家で
一夜を明かすことにした。
一段高くなっているので、さすがに家までは来ないだろう…
と思ったに違いない。