心を落ちつかせる品物を身に付ける
「クレヨンしんちゃん」の作者、臼井儀人さんが群馬県の荒船山で遭難した。連載していた双葉社によると、臼井さんのカメラには、山頂から撮ったあたりの風景が映っていたが、最後の1枚は絶壁真下の風景だったという。恐らくは、身をのり出して撮った直後に転落したと思われるが、私たちの運命は常に、スレスレのところで生死を分けている。「そんなムリしなければよかったのに」ということは、誰にでもいえる。埼玉県の住宅が火事になり、老夫婦は一旦逃れたが、息子2人が2階にいる、ということで、父親は再び屋内に入っていった。子を思う父親の心は、結局仇となって、3人の焼死体が見つかったという。恐らく本人は助け出せると思って、中に入ったのだろうが、生死はほんとうに微妙なところで分かれてしまうようだ。私の知っている例では、戦争中、ポケットに部厚い手帳を入れていたおかげで、弾丸が貫通ぜす、助かった人がいる。その手帳は紙質がよく、外側がレザーだったが、これが命を救ったといっていた。近頃の本のように紙質が悪ければ、弾丸は簡単に貫通するらしい。こう考えると、なにが運命を左右するかわからないが、ムリをするにしても、しないにしても、運というものは、人事を超越するものがあるだろう。かつて、私の知人がタクシーに乗っていて、大事故に遭ったことがある。このとき1人は助かって、1人は死んでしまった。亡くなったほうは、まじめで誠実な人柄で、酒も飲めない体質だった。助かった男は、ふだんから酒乱の気があり、いつも上司から注意を受けていた男だった。警察の調べでは、なんと酒を飲んでいたため、事故の瞬間に、からだがタコのようにぐにゃぐにゃになったことで、衝撃が柔らげられたのだという。一方、亡くなった男は正気であったため、事故に対して瞬間的に身構えたため、かえって強い衝撃を受けてしまったのだ。これで酒は飲んでいるほうがいい、とはならないが、生死を分けるものは、人柄や生活態度でないことはたしかだ。しかし、運命というものの怖さ、不思議さを知っていれば、ほんの少しでも悪運から逃れることができる。ある医者が実に不思議なことを教えてくれた。「目まいがして、外を歩くのが不安だったら、傘をもって歩くといい」という。「それは、とっさのときに、傘をついて、よろけるのを防ぐということですか?」と尋ねると、そうではないという。「人間は2本足の生き物だが、傘を1本もっていると、頭の中で3本足になったつもりになり、それだけで心も身体も安定する」というのである。科学の立場からいえば、「そんなことはありえない」という医師もいるだろう。しかし神社のお札ではないが、それを身につけているだけで、心の安心感を保てることも事実である。ムリはしないに越したことはない。しかし、ムリしなければならないときも、現実にはあるのだ。そんなとき、なにか1つでも、心の支えになるものをもっているほうが、運命は味方してくれるような気がする。ペンダントに好きな人の写真を入れておくだけでも、大きな違いになるという。それは、そこに触るだけで、一瞬心が落ちつくからだというが、あなたもこの教訓を実行したほうがいい。