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リンボーさんから季節外れのハガキが届いたのが5月のはじめ。
音信不通だったこすりつけさんから久しぶりに連絡がきたのは、リンボーさんのハガキを裏返して読もうとしていたまさにそのときだった。 「近いうちにそっちに行こうと思う」というような意味のことをおそろしく回りくどい表現でこすりつけさんは言った。 リンボーさんのハガキの件でか? 「そうや、それ以外に何がある?」 というようなやり取りで済むようなところを、言葉尻を装飾しながら延々と続けるのは我々の悪い癖だが、それはどうでもいい。 とにかくこすりつけがやってきたのは5月24日。 新宿の小田急ハルクの裏の裏あたりの指定された店は扉を開けると目の前に急な階段があって、階段の上では店員とおぼしき細くて若くてきれいなおねいちゃんが少しかがみこみ気味で「お一人ですか?」ときいてきた。階段の下から上を覗き込んだときにもしおねいちゃんのパンツ見えそうだったらどうしようかとかなぜか妙に照れながら登っていきながら「いや、待ち合わせで」と告げるとおねいちゃんは迷うことなく店の奥のテーブルを指して案内してくれた。ちなみにおねいちゃんはパンツが見えるような服装ではなかった。 我々に用意されたテーブルのすぐ隣にはピアノが置かれていた。テーブルに着こうとしたとき奥に座っていたこすりつけはオレに目もくれずピアノのおっさんと話をしていた。テーブルには大きいサイズのジョッキがなぜか3つありほとんど空だった。リンボーさんは黒いズボンに白いシャツのシンプルな格好だった。ただしズボンは革ではなく綿とかウールのやつだったし、10年ほど前にはトレードマークだったはずのちょんまげはなくなり髪は短く切り揃えられていた。今でも下着を着けていないかどうかを確認するのは忘れたが、聞かなくてよかったとも思っている。 この店はリンボーさんの行きつけらしく、もう20年も通っているといった。リンボーさんはあの最初オレを案内してくれた細くて若くてきれいな店員をはじめ、常連客として店の誰とも親しげにしていて、どういうわけかこすりつけもピアノのおっさんとは知り合いのように話していた。オレはどうしたらあの細くて若くてきれいな店員とお近づきになれるのか心配になった。 「で、なれそめは?」 ジョッキ(大)を2人で3杯開けてもまだ本題に入っていないようだったからどの局面でも本題から入る癖があるオレが必然的に切り出すことになった。リンボーさんのハガキには、結婚したことを知らせる内容が記してあったのだった。 「話すと長くなるけど、」と前置きしたリンボーさんは結婚相手の生い立ちから語り始めた。そこから話すんじゃ長くなるだろうなと思いながらオレは話を聞いていたが、途中からピアノの演奏が始まり、こすりつけは演奏のほうに集中しだしてしまっていた。 リンボーさんの実年齢は45~6だったはずだが、見様によっては30代前半にも見えないこともなく若々しい。リンボーさんと始めて会ったのが何年前かは忘れたが、実年齢より10個も若く見えるような印象は今をもってしても変わらない、とは言い過ぎだろうか。 そのリンボーさんは「この歳にして初めて結婚することになるとは夢にも思わなかったよ」という意味のことを何度も口にしていたが、「この歳」というほど歳を意識することもないような気がした。 その証拠に、このとき語ってくれた結婚相手とのなれそめ話は「おまえは中学生か!」とつっこみたくなるような純情さや臆病さがちりばめられていたからだった。 平日はOLとして働き、休日には商店街の洋服リフォーム店の手伝いをしていたユウコさん(仮名)は、客として自転車のサイクルジャージを直してもらいにくるリンボーさんと顔馴染みになった。ある日商店街のイベントに誘われたリンボーさんが会場に行くと、そこにユウコさんがい、、というくだりから物語は急展開するかと思いきやまだだったり、中学生が高校生になって進学したり就職したりしてこのまま離れ離れになるんじゃないかというぐらいの物語展開や時間経過が語られていった。 「結局、どんな時間の使い方をしたかでその人が決まってくるわけや」 という意味のことを得意げな顔でこすりつけは言ったが、オレはそうは思わない。今まで何をしてきたかではなく、たとえばこれから何をしようとするかで人は決まるものだと思っている、ということを言ってもこすりつけは、意見の違いを正そうともせず、「それがお前らしいところや」と、これも得意そうにまとめただけだった。 我々は最初に出会ってからおそらく10年以上は経過しているはずだった。たとえばこの10年を振り返ると、あの頃は確かに若かったとしか言いようがないことも少なからず思い出された。過去を積み上げて今が出来上がったのか、今から何かを積み上げて未来になるのか、だんだんどちらでもよくなってきていた。 痛風の持病を持っていることになっているオレはそれでもジョッキ(大)を2杯飲んで、それからはワインにした。リンボーさんの痛風レベルもかなり高いことをこのとき知ったわけだがまだ発作には至っていないようだった。こすりつけは最近羽振りがよろしくなっていることを得意げに語るもんだから会計はまかせることにした。いつものことながらいうべき言葉を言い忘れて帰る癖がある。とってつけたようで申し訳ないが、一言付け加えておく。 結婚おめでとうございます。お幸せに。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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