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カテゴリ:僕的メモ。
《スミノシミ》 僕が双子の妹である麻美と二人暮らしを始めたのは、今から一ヶ月ほど前の事。上京してきた僕らは、大学に通う為、都内の小さなアパートに部屋を借りたのだった。 そして天井の隅にその赤い染みを見つけたのは今から六日前、部屋の模様替えをした時だった。それまでは真下に置いてあった箪笥に隠れて見えなかったのだろう。 その染みは赤い、というよりは寧ろ赤黒く、それはそう、まるで血のような色だな、と何となく思った。 「……血のような色?」 それは六日前――そう、染みを見つけたその日。僕がその話を持ちかけた時。何言ってるのよ、と、自慢のロングヘアーを触りながら麻美は笑った。 「血なんて、そんな筈ないじゃない? ホラー映画じゃないんだからさ」 これ以上この話を続けていてもきっと麻美は否定し続けるのだろう。だから「そうだよね」と僕は頷いた。 「そういえば、麻美。お前、大学行ってないんじゃないのか? 昨日もお前の友達から電話があったけど」 「……はあ。まあ、適当にするから、さ」 僕と麻美は二卵性双生児であるにも関わらず外見がよく似ている。幼い頃から、判断基準は髪型だけだね、なんて母が嘯いていた。麻美が僕に似ているというよりは僕が麻美に似ているといった感じ。幼い頃からよく男らしくない顔だと言われてきたものだ。 しかしそれと引き換え内面は、お互い相当違う。結構神経質で慎重な僕に対し、大雑把な麻美は慎重なんて言葉からは掛け離れている。怪しい男に引っ掛かるような、そんなタイプ。 「もう――下らない事言わないでよね」 麻美はその日も変わらない表情で、気付けばどこかへと消えていた。 それから四日経った、一昨日。染みは少しだけ、広がっていた。 麻美は「気のせいよ、気のせい」と何度も言った。 それから五日経った、昨日。染みは更に、広がっていた。 麻美は「疲れてるんじゃないの?」と、それだけ言ってまた消えた。 それから六日経った、今日。染みは殆ど天井全体を覆っていた。 麻美はついに、何も言わなかった。 麻美が何も言わないのはどうしてだろう。僕は考える。 あの染みが、血? そんな訳ないじゃないか……と。 箪笥のあった、その場所に。一枚の手紙を、僕は見つける。 女の子らしいその便箋に書かれていたのは――そう、麻美の字だった。 僕は、四つ折りにされたその便箋をしっかりと開き、そしてゆっくりと読んだ。 『お兄ちゃん、ごめんね。 私が変な男に引っ掛かっちゃって……そのせいで迷惑掛けちゃって。 いいよ、お兄ちゃん。私を殺してくれても、構わない。 そうすれば、借金はあの男の身内にいくようになってるからさ。お兄ちゃんも、このままじゃ……駄目でしょ? もしお兄ちゃんがそうしないなら、私は自分で死ぬつもりです。 私なんて、生きていたって何の役にも立たないもんね。 それじゃあね。……麻美』 そしてその瞬間、僕はようやく、理解した。 あの染みは――麻美の、血なんだ。 そうだ、そうだ。麻美はもう、生きてはいないのだ。二週間前、僕が殺したのだから。 ……悪い男に引っ掛かり、僕とは縁のない桁の借金を背負わされた麻美。僕は……麻美を殺すしか、なかった。 死体はバラバラにして公園のゴミ箱に捨てた。 だからこそもう必要のなくなった、箪笥。 鏡台に置かれたロングの鬘を見る。それは、彼女を殺したという現実を記憶から消す為に僕が被った偽り。昨日の麻美も一昨日の麻美も……全部、僕が演出した虚像だったんだ。 きっと麻美は、僕にどうしてもこの手紙を読んで欲しかったのだろう。僕が実の妹を殺したというその事実は変わらなくても、自分が死を望んでいたと僕が知ればその重みは変わるだろうと思ったのだろう。 だからこそ――ようやく、言える。ようやく、受け止められる。現実を。 「――麻美。殺しちゃって……ごめんな」 言った途端、天井の染みは跡形もなく消え去った。まるで何事もなかったかのように。 鏡台に置かれたロングヘアーの鬘。それが麻美でない事が判っていても、僕はそれを愛しく感じずにはいられないんだ。 「――じゃあな、麻美」 静かに言って、家を出る。 ……僕は、行かなくてはならない。罪を犯した。だから、罰を受ける。だから僕は自首をするんだ。 東京の街は、僕らにはきっと眩しすぎた。だから起きた過ち。眩しすぎる街の中、僕は静かに歩いていく。 《Fin》 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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