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カテゴリ:小説書くよ!
《裏の裏の裏の裏切り》 「兄さん、死にたいって思った事は在りますか?」 「ああ、在るよ。今も思っているさ。早く死にたい死にたい死にたいってね」 「それはそれは。実は僕もなんですよ。兄さん、貴方僕を殺してくれませんか?」 「いやいや、そんな事は出来ないよ。僕の身体じゃ、人の命は奪えないんだ」 「そうですか。まああの世へ行く時も一緒ですよ。僕は兄さんの事が大好きですもん」 「そうかそうかそれは嬉しいなあ。僕もお前の事が大好きだよ、真琴」 その一断片はそう、詐欺師と詐欺師の騙し合いの中のほんの一部分。 向こうが裏切るかもしれないし、こちらが裏切るかもしれない。どちらも裏切るかもしれないし、どちらも裏切らないというのも可能性として有り得なくはない。 互いが互いを信じていないそんな状態で、あやふやで不安定な会話は続く。 「ねえ、兄さん。貴方にとって、裏切りって何ですか?」 「味方に背いて敵側につく事だよ」 「厭だなあ兄さん。国語辞典に訊いてはいませんよ。もう一度。貴方にとって、裏切りとは何ですか?」 「僕にとってもお前にとっても言葉の持つ意味は同じだろう? 僕の辞書は非常に一般的な辞書だからな。裏切りという言葉はない、なんて素敵な辞書じゃない」 「それもそうですね、僕の訊き方が悪かった。じゃあ訂正です。貴方が人生で受けた最も衝撃的な裏切りは?」 詐欺師は訊いた。 詐欺師は答えた。 「そうだな……沢山あるけど、やっぱり、真琴。兄妹二人、生きてきたお前が急に僕の前から消えた事。それが一番の裏切りだ」 「やだなあ兄さん。あれは仕方なかったんですよ。僕も、兄さんと一緒に居たかった」 「嘘ばっかり」 言葉と共に、蘇る光景。 あの男。僕を、そして真琴を、別々の母親に産ませた……僕の父。 聞いた話では、僕らが邪魔になったのだと言う。詐欺師から足を洗うのに、詐欺師の血を継いでしまった僕らが邪魔になったのだと。 拳銃片手に突然乗り込んできて、そして引鉄に掛けた指に力を入れて。 「命乞いでもしたのか? そうでもなければ生き残る方法なんて……」 「仕方なかった。あの男、ぶるぶる震えてて。あの至近距離で心臓外したんです」 「何だ。お前は只の死に損ない、か」 「そんな物ですね。そして、兄さんも――」 そんな詐欺師の言葉で、詐欺師は目覚めた。 そこは病院のベッドの上。 目を開けると、一人の看護師がこちらを向いて目を丸くしている。 「――院長! 患者の意識が戻りました!」 叫ぶなり、彼女は焦った様子で病室を出て行く。 患者? ああ、僕か。構わない。 今から、続きをやらなければ。あの時死に損なった続きを。 そう、僕は死にたい。 兄さんの隣へ――行きたいんだ。 病室の窓は開いていた。見える景色は随分小さい。恐らくここは地上十階はあるだろう。判断して、僕はベッドを這い出る。銃弾は摘出されたのだろうか。身体に違和感は何一つない。 「――兄さん」 僕は窓から、這い出た。 今度こそ自由になれるのだろうか? ――気付いた時、僕の身体は宙に浮いていた。 「やあ、真琴。遅かったね」 「ごめんなさい、兄さん。待っててくれたんですね」 「当然だ。言っただろう? 早く死にたい死にたい死にたい。そんな風に思っていたって」 「死ぬ時は一緒、ですもんね」 ああ。 僕はようやく、死ねたんだ。 あの世へと行かず僕を待っていてくれた兄さんの手を、しっかりと握る。 行くんだ。空の上にある世界へと。 「本当、今まで死んでも死に切れなかったよ。お前に裏切られるんじゃないかって、心配だった」 「嘘ばっかり」 空へと、僕らは近づいていく。住み慣れた街が段々と離れていく。 「判ってるでしょ、兄さん。詐欺師は詐欺師を、裏切りませんよ」 だって、そう――裏の裏は、表だから。 僕は貴方を裏切れないんですよ。小さく呟いたその台詞。きっと兄さんも同じ事を思っているんだ。 《Fin》 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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