.銀輪花逍遥・穂向きの寄れる
彦根旅行記も一段落いたしましたので、本日は久し振りに銀輪花逍遥と致します。(ススキ) ススキの穂が秋風に靡いている。こういうのを「穂向きの寄れる片寄り」と言うのであろう。万葉集の女性歌人の中でもひときわ情熱的な但馬皇女さんの歌に次のような歌がある。秋の田の 穂向きのよれる 片寄りに 君によりなな 言痛(こちた)かりとも (但馬皇女 万葉集巻2-114) 銀色に靡くススキの穂を見て、この歌を連想しました。上の歌は稲の穂向きですが、片寄りならススキの方がもっと徹底しているのではないか。銀色の 薄の穂向き 片寄りに われも寄りなな 道にしなくも (偐家持)秋の田の 穂向きのままに 人言の 何ぞ言痛き ともにし刈らば (偐家持) 但馬皇女さんへの返歌を二つばかり考えましたが、彼女が歌を贈った相手は穂積皇子。ここに偐家持が割り込んでは事態が錯綜すると言うか、ドタバタ喜劇の体をなしますれば、これらの歌は没とするのが順当でありますな(笑)。 (コスモス) 今はコスモスが盛り。 大伴家持は撫子の花を恋人や妻になぞらえて、詠いましたが、もし、万葉時代にこの花があったなら、秋にはきっとコスモスの花になぞらえたに違いないと思われます。コスモスの 花にもがもな 朝に日(け)に 手に取り持ちて 恋ひぬ日なけむ (偐家持)(コスモスとケイトウ) コスモスに立ち混じってケイトウも元気に咲いている。恋ふる日の 長くしあれば わが園の 韓藍(からあゐ)の花 色に出でにけり (万葉集 巻10-2278) コスモスは万葉の花ではないが、鶏頭は万葉の花。万葉集には4首詠われている。万葉ではケイトウは韓藍(からあゐ)と言う。最近は秋と言えばコスモス。ケイトウは影が薄い。 まあ、「鶏頭」と「秋桜」ですから、漢字の名からして、もう勝負あったであります。しかし、鶏口となるも牛後となる勿れ、ではありませぬが、いやしくも鶏の頭(と言っても「トサカ」のことでありますが)という訳で、新参者のコスモスなんぞに負けてはいられないと、ケイトウ君、奮闘して居りますな(笑)。コスモスの 中にしあれど 万葉の 花こそわれと 韓藍(からあゐ)の花 (偐家持) 何やらコスモスが藤原氏、ケイトウが大伴家持を始めとする大伴氏。上の写真を見ていると、そんな気がして来ませんか(笑)。コスモスの 楚々たる花に 囲まれて わが鶏頭は 四面楚花なり (偐家持) <注>鶏頭は「系統」も掛けている。 四面楚花は四面楚歌の洒落。(秋海棠)秋海棠西瓜の色に咲きにけり (芭蕉)散りてなほ西瓜の色の秋海棠 (筆蕪蕉)(ゲンノショウコ) ゲンノショウコは「現の証拠」と表記するようだ。これでは和歌にはなりそうもないが、実の弾けた状態がお神輿に似ているところから「みこし草」とも呼ばれるそうな。これならば歌にならぬでもない。 上の写真でも、実が沢山なっている。これが弾けると莢がクルりと反り返りお神輿に見えるのである。秋されば 神まつりせな みこし草 はじけむときの 今かと待ちつ (偐家持) (不明) これは何の木か知らない。実を沢山付けている。真っ赤に色づいている実もありましたが・・。まあ、行きずりの木、名前はまたの折に調べることとして、今日のところは、下の歌のようなことで(笑)。銀輪の 道にしあへる 木にあれば (いさとや言はむ その名は告(の)らじ (偐家持) (本歌) 犬上の 鳥籠(とこ)の山なる 不知哉(いさや)川 いさとを聞こせ 我が名のらすな (万葉集巻11-2710) <注> いさ=「さあ、知らない」という意の感動詞。