偐万葉・閑人篇(その1) 本日も偐万葉です。
偐万葉シリーズも遂に第200弾となりました。
今回は初登場、ふろう閑人氏であります。
昨年12月18日に、ビッグジョン氏のブログから同氏のブログ(同12月17日の記事)に初めて訪問させて戴き、コメントを残したことから、交流が始まりました。同氏も亦、小生と似たスタイルで折りたたみ自転車で旅をなさったり、クロスバイクで銀輪散歩をなさって居られます。
例によって、偐万葉ではハンドルネームとは別に偐万葉用の名を名乗って戴く習わし、「京閑麻呂(みやこのひままろ)」と呼ばせて戴くことと致します(笑)。
<参考>ふろう閑人氏のブログはコチラ。
偐家持が閑麻呂に贈りて詠める歌18首
きみが名は つとに知りきも 銀輪の
どちとし知るは 今日にしあれり
金胎の 寺も然なり 鷲峰の山 あすかのそらゆ いつしか行かむ
(注)あすかのそらゆ=「あすかのそら」は、閑麻呂氏のブロ友さんの
お名前。「明日香の空から」の意。
(道路標識)
みちの草 尾花が下の 思ひ草 今日しも知りぬ 君はも我も
(注)尾花=信楽にある料理店「みちくさ料理尾花」のこと。
思ひ草=ナンバンギセル
(本歌)道の辺の 尾花が下の 思ひ草 今さらになぞ 物か思はむ
(万葉集巻10-2270)
(みちくさ料理「尾花」)
こだはりせむとや さだめけむ もてなしせんとや まもりけん あねのかうぢの まちみれば わがみさへこそ なごまるれ(後人微笑)
(本歌)
あそびをせむとや うまれけむ たはぶれせんとや むまれけん あそぶこどもの こゑきけば わがみさへこそ ゆるがるれ(梁塵秘抄)
(姉小路界隈地区建築協定区域)
をりふしに ふしみは行けど 稲荷山 人出を多み 初はなさざり
(伏見稲荷)
七福の 福を求むる 心には 神も仏も 隔てなからむ
(泉涌寺山門)
風吹けば 四条大橋 ひれ酒の
匂ひ起こして 客寄せるらむ (菅原酒真)
(四条大橋の料理屋)
ひま加へ わが名は今し あらためぬ
知りてひとみな ひまな忘れそ (閑家持)
ためしにて キタに出でにけり このたびは
日頃ミナミの われにしにあれど (南家持)
酒呑みは かくにしあるか 青竹を
かっぽと切りて 八本並べ (竹林の八酒人)
(かっぽ酒)
絵の餅を 絵画モードに 撮りて見む
食えぬ餅でも 遊べるならし (偐家餅)
(絵画モードの写真)
右目したる のちの世界と くらぶれば
昔はものを 見ざるなりけり (術後の敦忠)
(本歌) あひみての のちの心に くらぶれば
むかしはものを おもはざりけり
(藤原敦忠 拾遺集710 小倉百人一首42)
我はもや 車馬にしもなき 娑婆世界 帰りて何の 益やあるらむ
別世界 なれるとも見ゆ この目にて
憂しと見し世も いましばし見む
やきうちは みやこべにもあり いしのふみ
まことつたふと ここにしたてる (東山馬麻呂)
(京都空襲の碑)
時は今 花は香炉に うち薫じ
塩サバかしは いぶしています (閑原閑也)
(注)第5句は偐万葉掲載に当り、中原中也の雰囲気を出すため「いぶ
してもぞみむ」を「いぶしています」に修正しました。
(元詩) 時こそ今は花は香炉に打薫じ、
そこはかとないけはひです。
しほだる花や水の音や、
家路をいそぐ人々や。
いかに泰子、いまこそは
しずかに一緒に、をりましょう。(以下略)
(中原中也 「時こそ今は・・・」<山羊の歌>)
(塩サバとカシワの燻製)
桜木の 燻しの香をば まとひつつ
いざとり召せと 鯖さそふらし (庭辺燻人)
よき色に 焼けて香もよし 味もよし
鯖燻鳥燻 楽しきろかも (庭辺燻人)
<注>掲載の写真は全てふろう閑人氏のブログからの転載です。