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カテゴリ:東京観光他
最近何やってんだかわからないくらい忙しく、
おまけに、ひめちゃんのこともあり、なかなか旅行に行けず、精神が、崩壊寸前。 今思うと、なんでこううまくことが運ばないんだろ? 自分が、動ければ正直1週間で終わることを、人に頼むと3ヶ月。 法律が改正になって、薬局は店を開けているときは薬剤師がいないと行けなくなってしまったんですよ。 以前は、薬剤師がいなくとも、お店を開けていることだけはできたのですけどねー。 一般薬は売ることが出来たし、処方箋もなじみの人ばかりなので、預かってあとで届けるって業も出来たのですが。 敗軍の将の悲哀を痛感してます。 敗軍の将は兵を語らずといいますが、兵がここ数年で激減。 一人の負担が数十倍になって、敗残兵状態。 今回の事業で、起死回生といきたいものです。 さて、今回のお題の越ヶ谷久伊豆神社のお話です。 久伊豆神社越谷の総鎮守とされている。旧社格は郷社で、社格は普通。 PAP_0003 posted by (C)EZ30 名前が「くいず」とも読めることから「クイズ神社」とも呼ばれ、クイズ番組での優勝祈願に訪れる者も増えているといいます。 私は、懸賞が好きなので、当選祈願もしたら、一昨日東京ディズニーランドペアの当選通知が! 懸賞にも、ご利益ありありです。 PAP_0007 posted by (C)EZ30 本殿も立派です。 写真が、ぼやけているのは、こともあろうにカメラを忘れてしまって(笑) 御蔵入りにしようと思ってたら、懸賞の当選通知がきたものですから。 私が来た本当の目的は、懸賞当選祈願や、新店の方災除け祈願のためだけでなく、 PAP_0001 posted by (C)EZ30 PAP_0000 posted by (C)EZ30 こちらは、本殿裏にある旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿。 第二次世界大戦中、パラオ共和国コロール島に建立され日本人入植者などの信仰を集めた「南洋神社」への遥拝殿です。 戦前日本の統治領だった南方の島々には、こうした伊勢神宮由来の神社が各島にありました。 戦後は、忘れ去られ、朽ち果てている鳥居、社が、南方の激戦地を訪れると鎮座してます。 森とかした中にぽつんと鳥居があったり。 それらの姿を見るたびに、本国の恒久平和、発展を思い犠牲になられた方々が目に浮かびます。 近年、パラオの南洋神社は再建されたと聞いてます。 パラオも、本邦の絶対防衛圏であったので、米軍との激しい戦いの中、約1万の皇軍将兵が犠牲になりました。 米軍も戦傷者、戦死者約1万と硫黄島にも匹敵する犠牲を出してます。 こちらの神社の遥拝所の前に立ち、 本邦の未来、家族の健康を願い散っていった英霊にふれ、 久伊豆神社をあとにしました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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